旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2010年12月

最高裁判所

331 千代田区隼町にある最高裁判所は国の司法権の最高機関です。
1974年に竣工した庁舎は日本建築学会賞を受賞しており外観もそれは美しい建物です。この最高裁判所は、事前の申込みにより庁舎内の見学を受け付けてもらえます。ただし、個人での申し込みの場合と20名以上のグループの場合で見学開始時間等が異なりますので、詳しくは最高裁HPを参照にしてください。個人見学の場合は庁舎裏手の入口、団体の場合は正門側入口より入場となります。最初に15分程度の裁判制度のあらましのビデオを見てから、職員の案内により館内見学となります。正面入口から入った吹き抜け大ホールは、まるで007の映画に出てくる秘密基地のようです。ホールから入口を背にして正面に大法廷があります。さすがに司法の最高機関だけに、存在感は圧倒的迫力です。意外な事に最高裁の法廷では、原告、被告が論戦を交えることはありません。ここで判断されるのはここまでの裁判の過程に不備があったかどうかだけです。裁判自体は既に結審しており、被告は既に拘置所にいることになります。

稽古総見の一般公開

29729312月23日両国の国技館にて横綱審議委員会による稽古総見の一般公開がありました。このイベントは9月場所から行われています。前回はまだ一般に知られていなかったのかガラガラに状態でした。今回は約5000名の入場者があったそうです。何より嬉しいのが”無料”です。無料で国技館の升席に座れて、横綱と大関のぶつかり稽古など部屋の枠を超えて見れてしまうのです(左写真)。今回は抽選で関取と握手ができるや入場者全員にカレンダー配布など特典がありました。しつこいですが"無料”です。例の不祥事以来、相撲協会もかなりの危機感を抱いているのでしょうが、力士達、特に髷も結えない、ブラック・ベルトの下位の力士達は、実に真面目に毎日の稽古に励んでいます。

日枝神社のお隣に‥

2beatjap22昔、日枝神社の隣に”東京ヒルトンホテル”(後キャピトル東急ホテルと改名)がありました。1966年6月30日あのビートルズが最初で最後の日本公演(日本武道館)を演った際に宿泊したホテルです。当時の警備の凄さといったら今のアイドルなんて比ではありません。ホテルに近づくことさえ許可されませんでした。
左の写真は6月30日の武道館公演です。濃緑のスーツ(マニアはポールのスーツのボタンが1つ取れている・いないまで指摘します‥)ドイツからアンカレッジ経由で台風の影響で遅れに遅れて、早朝の羽田空港到着ですからかなり強行軍になったようです。この濃緑スーツの映像は来日時にテレビで放送されたものではありません。その後のテレビでの再放送やビデオで発売されましたので、却ってこちらの方が有名になってしまいました。マイクスタンドの調子が悪く、さらに長旅の疲れなのでしょうか楽器チューニングが半音下げてありますので、演奏に覇気が感じられません。右の写真は7月1日の公演です。着ているスーツが違いますね。こちらの映像が当時TVでただ一度だけ放送されたものです。(カラー放送だったのですかねぇ?)ホテルで良く眠ったのでしょうか体調万全(?)、チューニングも正調に戻してあります。”ビートルズの演奏は客の騒音がうるさくて聞えない” 嘘です! 当日の武道館では良く聞えていました。現在のコンサートと違うのは武道館1階には観客を入れていません。一段高いところに前座用のステージ(なんとドリフターズが前座でした)。さらに一段高い所がビートールズ用のステージです。武道館を1階までの満席状態で使っていません。演奏自体は今の時代でしたら、アマチュアの上レベルです(!) ただし、当時の貧弱な楽器&アンプ機材(VOXのスーパービートル・アンプは大した出力ではありません)でここまでの演奏ができていたのはたいしたものなんです。恐らくは隣のメンバーが出している音も歌声も殆ど聞えていないと思います。この状況で演奏をキープしてコーラスをかぶせるなんてほとんど無理な話なんですが‥。時代を感じます(笑)

日枝神社とベンチャーズ

275ventures千代田区永田町の日枝神社です。元々は江戸城内から城改築に際して城外に移され、明暦の大火以降はこの地に遷座し江戸城の鎮守社となっていました。以前は急階段を登っていましたが、最近はエレベーターが設置され参拝しやすくなっています。
左写真は現在の建物です。右写真は古くからの音楽ファンならご存じと思いますが、1965年発売のベンチャーズ・イン・ジャパンのLPからの復刻ジャケット写真です。この写真は日枝神社の同じ場所から撮影されています(探しましたよ)。当時彼らが所属していた東芝レコードが近くにあり、雪の降る日枝神社で急遽撮影されたそうです。発売当時このLPは1500円位でしたが、当時中学生にはとんでもなく高価な宝ものでした(今でも家にありますが‥)。このLPは日本だけの発売だそうで、海外のベンチャーズ・ファンには”shrineジャケット”として有名だそうです。写真のメンバー(女性は別として)の2人はすでに亡くなられていますが、ベンチャーズはまだ現役で活躍中です。もしもこのレコードが発売されていなかったら、現在の日本の音楽はまったく違っていたかも知れません。

浅草・羽子板市

285283
12月の浅草は年の瀬イベントが盛りだくさんです。17日から今日までは浅草寺境内で恒例の羽子板市が行われています。
さて、今日のお客様は名古屋から‥。国立劇場での歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」の鑑賞‥東京スカイツリーも‥がメインなコースです。昼前に新幹線で東京駅へ到着、観光バスで一路両国回向院へ。このすぐ近くに討ち入りの被害にあった「吉良様」の屋敷跡があります。最近数百年振りに「吉良上野介の像」が帰ってきたと話題になりましたね(強化プラスチック製でした)。この後高輪・泉岳寺へ向かいます。泉岳寺では赤穂浪士の墓所をお参りし、希望者は大石内蔵助らがその身柄を預けられ切腹した場である細川家屋敷跡へ‥。細川家屋敷跡は丘の上の方にあたり坂道をかなり登るのですが、皆さん元気そのもので半数以上の方が参加されました。本日の行程はこれで終了、ホテルへチェックインです。ホテルは浅草ビューホテル。このホテルはお部屋からは浅草六区、浅草寺、仲見世、墨田川、アサヒビール、もちろんスカイツリーまで一望できる最高のロケーションです(!)。明日も行程盛りだくさんです。本日はお疲れさまでした。

皇居東御苑‥中之門

113写真は中之門跡です。この門の石垣は2005年~2007年にかけて大規模な解体修理が行われました。傷んだ石は交換され、全ての石は再度積み直されました。この工事により基礎の構造等いろいろな事が判りました。最大の石は35tもあったということです。交換された石の一部は石垣脇に展示されています。現物を見ると横幅の割には厚みが薄い事などが興味深いことが判ります。中之門跡を通過する時には足元に注目ください。敷石に丸く門柱を建てた跡が残っています。中之門跡を過ぎると右に番所があります。「大番所」と呼ばれる本丸に連なる道の格式の高い番所です。左に大きく曲がり坂道を登り再度右に曲がると「中雀門」と呼ばれる本丸最後の門跡があります。大手門から中雀門まで実に四つの門を通らねば本丸へはたどり着けず、厳重な警備であった事が伺えます。

皇居東御苑‥大手下乗門

420大手門から入り左へ進むと入園受付があります。ここで入園票を受け取ります。この入園票は大手門、平川門、北桔橋門から退出の際に返却しますので紛失しないよう注意してください。入園受付からすぐに「三の丸尚蔵館」という昭和天皇、皇室から国に寄贈された絵画、書、工芸品等が一般展示されたミニ博物館があります。展示品の入れ替えが頻繁にあり、時にはかなり貴重な品が展示されています。所要20分くらいですので是非ともご覧になって下さい。この通路左側は皇宮警察の施設で一般の立ち入りはできません。因みに皇宮警察のパトカーは濃紺の車両です。
正面が「大手下乗門跡」です。当時は大名家の格式により登城の際に籠を降りて検問を受ける場所が決まっていました。門の右には休憩所兼売店がありますが、さすがに”お饅頭”は売っていません。どこに所属しているのかは不明ですが、猫が3匹ほどいますよ‥が。
12/18に確認した話では、東御苑の猫達は1匹が死亡、もう1匹が行方不明になったようで、チョビちゃんと呼ばれる人なっこい猫だけが残っているそうです。

皇居東御苑‥大手門

108旧江戸城本丸は皇居東御苑として一般に開放されています。写真は大手門、旧江戸城の正門にあたります。大名が登城する時はこの門から出入りしていました。幕府創設時徳川幕府は各大名を経済的に疲弊させる為、大名家に命じて江戸城の普請建設にあたせていました。この大手門については、仙台伊達藩がその任にあたっています。門の形式は「枡形門」と云われ手前の高麗門(こうらいもん)と奥側の渡櫓門(わたりやぐらもん)とで一対の形式となり、堀と石垣で囲まれた枡形になっています。各門の扉を閉じれば砦となり、攻めて来る敵軍に対して有効な防備となります。一の門を入って右に曲がって二の門となる形式が多く、桔梗門や外桜田門もこの形式となっています。日本人の約70%が右利きですから、攻める兵は全身を晒さなければ弓、鉄砲が撃てず、守備側は半身を出せば弓、鉄砲が撃てます。世界にも稀な日本の城郭独特の優れた考え方です。この大手門は消失後に再建された建物です。高麗門を入ってすぐの所に渡櫓門の鯱が展示されています。
※皇居東御苑はこの大手門の他、北桔橋門、平川門からも出入りすることができます。

皇居参観コース

1215今回は皇居参観順路についてです。(参観申込み方法は宮内庁HPを参照にしてください) 1)申込み時間に皇居・桔梗門に集合です。「身分証明証」の提示を求められる場合がありますので持参してください(!)→2)時間になると桔梗門から窓明館(休所)に案内されます。窓明館では売店、トイレ等があります。参観中のトイレ利用は不可ですので必ず済ませてください。手荷物用の無料ロッカーもあります。約10分位のビデオを見て出発です。写真の撮影は列を乱さない程度であればOKです→3)元枢密院の建物を右に見て富士見櫓、蓮池堀へ進みます。下から見上げる富士見櫓は大変美しい櫓です(!)→4)宮内庁庁舎を右に、坂下門を左に見て→5)宮殿へ進みます。この宮殿が一般参賀で陛下や皇族の皆様が手を振られる場所です→6)東庭を抜けた所が正門鉄橋(二重橋)となります。皇居内から皇居前広場や警視庁のタワー、桜田門の屋根だけ等を見る事となります。→7)伏見城から移築したと伝えられる「伏見櫓」が真近になります。ここからだと伏見櫓と伏見多聞が繋がっていない様子が良く判ります。→8)再び宮殿東庭を通り宮内庁庁舎の裏手へ進みます。→9)山下通りと言われる皇居らしい道を通り、蓮池堀へ進みます。この辺りからは東御苑の富士見多聞を見る事ができます→10)再び富士見櫓前を通り窓明館到着。参観はこれで終了ですが、希望者は東御苑へ向かう事となります。
※今回は写真の点数が多くなる為、スタッフの写真を掲載しました。特別な意味はありません(笑)

皇居正門石橋(二重橋)

outin皇居正門石橋&鉄橋、いわゆる二重橋付近です。正確には”二重橋”と云う名称の橋は存在しません。石橋と鉄橋の2つの橋が重なって見えるため”二重橋”と称するとも云われています。2点の写真は皇居正門石橋を皇居外(左)から、皇居内(右)から同じ橋を撮影しています。右のアングルの写真はめったに見られませんね。皇居東御苑(旧江戸城本丸)は一般に開放されていますが、皇居についても天皇誕生日と年始の一般参賀以外でも、事前に申し込みをすれば参観することができます。(詳細は宮内庁HPを参照ください)約1時間の徒歩行程になりますが、職員の方が同行し大変判りやすい説明をしてもらえます。

高輪・泉岳寺

jpg写真の銅像は泉岳寺境内の「大石内蔵助」の銅像です。12月と云えば「忠臣蔵」ですね。港区の泉岳寺では12月14日(火)には『義士祭』が行われます。日本人なら知らぬ人がいないといって良いほど有名な話ですが、史実と歌舞伎と映画等がかなり入り混じっています。伝承が史実に化けてしまうのは良くある話なのですが‥。考えようによっては当時の正統な法律により処罰された加害者(浅野家)の処遇を不服として、加害者の部下達が結束し、47名の非合法武力暴力集団と化して、齢61歳の老人(吉良家)を真夜中に襲撃してなぶり殺しにしてしまうというとんでもない話なのですが‥。いまでも義士達の眠るお墓はお線香の煙でいっぱいです(一瞬火事かと思います)。やはり日本人には『忠臣蔵』なんですね。

東京証券取引所

to_shoさあ、日本経済のメインステージ東京証券取引所、通称東証Arrowsです。ニューヨーク、ロンドン、東京・兜町といえば世界3大証券市場。国内・海外を問わず巨大な資金が動いているはずなのですが‥見学に行くと広いフロァの割には、忙しく走り廻る人の数が少ないので「今は休憩時間か?」の様相です。殆どの作業がコンピューター化されていますので、この人数で大丈夫なようです。また、東証といえばあの巨大なガラスシリンダーに映るデーターを思い浮かべますが、このシリンダー直径17m、ガラスでガラスを支えるという特殊な工法となっています。東証Arrowsはどなたでも見学することができます。但し、個人での見学は案内係りの説明がありませんので注意が必要です。見学者入口は写真が正面にあたり、ちょうどこの真裏の位置となります。

牛嶋神社の三輪鳥居

CIMG0153今日の東京は朝方からひどい雨に見舞われました。九州から来られた団体さんは、強雨の影響で今日の日程がグチャグチャになり、隅田川クルーズも河川増水のため中止となってしまいました。本来では言問橋~スカイツリー迄の徒歩行程なのですが、時間に妙に余裕が生じたので、牛嶋神社に少し立ち寄りです。実はこの神社は都内でも「珍しい」に入る不思議な神社なのです。スカイツリー散策の際には立ち寄られてみてはいかがでしょう。1)写真の様に通常形の鳥居の左右に張り出した部分がある三輪鳥居若しくは三つ鳥居という全国的にも珍しい鳥居があります。恐らく関東地方ではこの神社だけです。2)以前にさいたま市の「兎」が神使の調神社を紹介しましたが、ここ牛嶋神社では神使が「牛」となっています。3)境内には江戸時代から庶民に広く親しまれた「撫牛」があり、牛の同じところを撫でると病気が治るのいう信仰があります。
月別アーカイブ
  • ライブドアブログ