旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2011年01月

国会議事堂参観‥前庭(ぜんてい)

gijido_9議事堂正面入口前に和式庭園の南地区と洋式庭園の北地区からなる国会前庭(こっかいぜんてい)があります。前庭北地区には日本の憲政の歴史を展示した「憲政記念館」や三権分立を象徴するとされる時計搭があります。この搭の時計面は、立法(国会)・司法(最高裁判所)・行政(霞ヶ関)に対しているとされています。この地は江戸時代初期には加藤清正、後に安政の大獄時の大老・井伊直弼の屋敷があった場所で、明治時代には陸軍省が置かれていました。全国の測量は軍事的な理由から当時の陸軍参謀本部陸地測量部が担当し、その名残りから公園内に「日本水準原点標庫」の石造りの建物‥実際の「日本水準原点」は、建物内部にあり見ることはできません‥が残っており、都内でも珍しくなった「大日本帝国」の文字が刻印されています。この場所に日本の高低測量の基準点があることは意外と知られていません。
写真上左‥憲政記念館  写真上右‥時計搭
写真下左‥日本水準原点票庫 写真上右‥加藤清正・井戸跡

小諸そば

komoro久々の番外編です。牛丼チェーンの価格競争が話題になっていましたが、”立ち食いそば”のチェーン店も独自の進化をしているようです。”立ち食いそば”と言えば以前は、時間のないオジサン達が会話もなくズルズルと食べてトットト去る、というイメージでしたが、昨今は小奇麗で、テーブル席もあり、ごく普通に食事ができる店舗が増えています。なかでも「小諸そば」は意外なほど(失礼)美味しいですよ。港区・中央区・千代田区で多く展開しているようで、池袋や新宿では見かけたことはありません。メニューは小丼とのセットなど豊富で、価格も抑えめです。そばの茹で置きはしないようで、運がよければ”茹でたて”を食することができます。最近よく食べるのは”2枚もり/¥290”です。これに大盛券¥30を足せば量的にも充分満足できます。大盛券は2枚までOKなので、「2枚もりの大盛の大盛」までOK!これでも¥350です。刻みねぎ入れ放題、オリジナルの柚子唐辛子で、更に旨さUPです(笑) 他には青い看板が目を引く”ゆで太郎”や以前からある”富士そば”などが、立ち食いそば店の三大巨頭ですね。

国会議事堂参観‥中庭

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Pt↑)は参議院の中庭です。議事堂内の会議室や各会派の控室は、中庭を囲む様に「ロの字型」に配置されています。議事堂の完成は昭和11年ですから、当時は自動車よりも馬車で登院する例もあったようです‥。現在は防火用水的な使われ方をしていますが、池の中央に緑色の蓋は、ここから水の冷気を取り込み、池の地下の「氷室」で冷やし、その冷気を館内に送り込んでいた「ルーム・クーラー」設備の一部です。モチロン現在は使われていません。建物内は大理石造りなので、多少なりともの効果はあったのか疑問は残ります。集議院側にも同じ中庭、同じ池が設えてあります。議事堂の建物は一昨年5月から昨年の秋にかけて、議事堂の歴史では初めて外壁を”お掃除”しました。現在見られる外壁が”綺麗”なのはそんな理由です。ただし、中庭から見上げると石材の産地が異なるため外壁とタワー搭が興味深いコントラストとなっています。

国会議事堂参観‥御休所(ごきゅうしょ)

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正面入口から入り、中央広間から階段を登った奥に「御休所」と呼ばれる部屋は天皇陛下が国会の開会式などで議事堂に来られた際に「御休息」するため造られています。国会議事堂の総工費の10%を費やしたとされる部屋の造作は、総檜造の本漆塗、外側の飾り部分には、徳島県阿南市産の不如帰(ほととぎす)という石を使用、シャンデリアは水晶製など材質や装飾は議事堂の中でも特に匠を凝らした華やかなものとなってます。ビルによって視界が遮られる前までは部屋の窓から富士山が見えたそうです。見落としがちですPt↑)ホールの天井のステンドグラスはここだけ湾曲しています。壁に付けられた照明は上部を向く間接照明になっています。これは床に影ができにくく、天皇陛下の影を踏まないような工夫です。陛下がお出でになる時には床に特別な絨毯がひかれます。
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銀座8丁目から4丁目へ

ginza_1今回は「銀座」での研修会でした。銀座といえば=デパートやブランド・ショップとなりますが、意外と隠れたスポットもあります。銀座8丁目博品館から出発→7丁目裏通り「豊岩稲荷神社」へ。狭い路地奥の小さな稲荷社ですが、なんとなく銀座の風格(?)があります。→”その先は国会議事堂に繋がる”という都市伝説(?)のある「銀座8丁目出世街道」なる狭い裏道を抜けて→次の「八官神社」は移転していて探すのが大変でした。→さらに銀座コリドー街から「秦明小学校」、「数寄屋橋公園」と進みます。宝くじで有名な「チャンス・センター」近くには「銀恋の碑」があります。正式曲名は”銀座の恋の物語”なのですが”銀恋”で通用するのは、やはり超有名曲なんですね。他にも「二人の銀座」など銀座をテーマにした曲がありましたが、最近は”銀座”がタイトルの曲は聞きませんねぇ。→4丁目「三愛ビル」の1階には「縁結びのネコ」なる像が雄・雌別々にあり、人気スポットとなっているらしい(?)です。高額土地価格常連の「鳩居堂」はすぐ隣ですが、さらに何軒か先の「ユニクロ」には驚きました(笑)。→「銀座三越」の屋上にある「銀座出世地蔵尊」で今回は終了です。約2時間弱のコースですが、ショウウィンドウを覗きながら歩くので時間も短く感じられます。

白い粉の恐怖‥月島

tukishima「白い粉」といっても、例の悪い薬の話ではありません(笑) 研修で久々に月島を訪れました。70軒以上の「もんじゃ焼きの店」が並んでいるアーケード街、あまりの変貌振りに驚愕です。高層マンションが建ち並び、住人の雰囲気も違っています。記憶にある「月島」とは別の世界のようです。それにしてもテレビや街歩きの雑誌類では必ず紹介されますが、あの食物って本当に旨いと思いますか?「夜明けの新橋駅」のような食物が、正直に旨いと思いますか?悪く云うつもりはありませんが、納得できません(笑) 昔は学校帰りに駄菓子屋の店先で食べたものです。それも10円か20円で‥。今でも足立区辺りではそんなお店があるとの話を聞いたことがあります。それがなんなんでしょうか(!)あの価格は…。これこそ「白い粉の恐怖」です。庶民の味‥??ですね。銀座の寿司屋ではあるまいし、人件費と家賃を一緒に食べているような気がしてなりません。まだ、大阪の某百貨店の地下街や通天閣近辺の串揚げ屋の方が、旨くて良心的な気がします。ヴィトンのバッグを抱えたお姉さんが違和感なく立食いしている様は、いかにも大阪らしい風景ですね。 アッ大阪にもありました白い粉の恐怖が!うさぎ印の某食事処。これこそが「史上最強」かもしれません(笑)

国会議事堂参観‥中央広間

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中央搭真下の広間内部です。下の画像は広間の2階東側ら撮っています。この下にガラスの扉があり、更に鉄の扉があって表へとなります。議員が選挙当選後の第1回目の登院時に当選証書を受けバッチをつけてもらうのはこの広間です。広間は2階から6階までの吹き抜けとなっており、その高さは32.62mあります。広間の天井はステンドグラスとなっていて、一マスが畳2帖全体では畳50帖の広さがあります。広間の床、四隅には憲政の功労者の板垣退助・大隈重信・伊藤博文の像があり、1席は空の台座となっています。中央広間から「ご休所」へ続く通路です。この通路は陛下がお見えになる時、国賓の方が訪問された時以外は使用されません。中央広間の床のモザイク模様はその色の大理石を縦方向に「植えて」模様を構築しています。なんとも贅を凝らした造りとなっています。
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国会議事堂参観‥衆議院議場

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画像は衆議院の議場です。衆議院、参議院の議場は中央搭を挟んで向かい合って造られています。ほぼ同じ造りなのですが、一部異なった造りがなされています。1)写真中央正面の一段高くなった場所が議長席です。衆議院では議長席上方に陛下が議会をご覧になるゴンドラがあります。(参議院議場で傍聴席の場所に専用の部屋があります)。2)議長席に上がる階段に衆議院では「手摺」がありますが、参議院には「手摺」はありません。3)参議院では得票数が電光掲示する設備がありますが、衆議院にはありません。最も判り易いのは衆議院の方が議員定数が多いため、座席数が多く、混雑したように見えます。議長席下、前列左右が大臣席です。総理大臣は議長席の左隣に着席します。衆議院議場には参議院議員で大臣であっても入場することはできません。(逆も同様です)。議員席は向かって左側が多数政党で、当選回数の少ない議員から前方より着席します。議場の照明は、天井にステンドグラスの上に蛍光灯が設置され、さらにその上がガラス張り状の屋根となっており、日中の自然光と蛍光灯をミックスして明るさが保たれています。議長は「南」を背に「北」を向いて着席し、議員は「北」を背に「南」を向いて着席します。議案採決が投票が行われる際は、向かって階段左側(東)から上がり右側(西)へ降ります。参議院側ではこれと真逆になります。

国会議事堂参観‥(1)

gijido今回は国会議事堂です。正面タワーに向かって左が衆議院、右が参議院です。現在は申込みによりどちらも参観ができます。参観受付は議事堂裏手に衆議院、参議院ともありますが、参議院は土・日・祭は休館です。また、本会議開催等の事由のより参観中止になることもあります。
国会議事堂は大正9年から17年の工期をかけて当時の日本国の威信をかけて建設されました。一般公募による設計(何故か1等賞が採用されていません)、日本全国から集めた建築資材(現在では資材を集めるのが不可能な資材も多々あります)、建設会社にこだわって建設されています。それでも当時の日本の技術では作れなかった設備、1)天井のステンド・グラス2)各部屋の鍵(マスター・キー)と郵便ポストなどは一部輸入品を使用しています。当時は天皇制が絶対に時代でしたので、陛下に関連する施設には驚くほど多額の費用がかけられていました。館内は今の使用に対応できるよう手が加えられていますが、基本的には完成時の姿をとどめています。区画により異なる産地の壁の石材、中庭の池から冷気を取り込み館内に送る冷房施設、廊下に設置された掃除機用の設備など当時の技術水準の高さが伺えます。意外な事には、国会議事堂は現役で使用されている建物のため重要文化財にも、国宝にも指定されていません。「国会議事堂」が他へ移転し、ここが国会でなくなった時には、間違いなく国宝建物となるでしょう‥。
※他にも意外な見所が数多くありますので、今後も続編を掲載予定です(!)

旧東海道・品川宿

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寒い日が続いていますが‥今回は恒例の勉強会兼研修会で「旧東海道・品川宿」を歩いてきました。京急線・北品川駅に集合、青物横丁駅までの行程です。北品川駅から旧東海道まではすぐ近く。ここから…問答河岸の碑=土蔵相模跡=利田(かがた)神社/鯨塚=御殿山下砲台跡=品海公園/日本橋より二里の碑=品川宿本陣跡と進みます。新番場駅から第一京浜を横断して品川神社(写真)へ向かいますが。品川神社下では見上げる石段に一瞬、”エッ”と云う気持ちになりますが、上まで登って眺めれば江戸時代はすぐ眼下まで海であったことなどが偲ばれます。‥品川神社は別項「東京十社」で掲載予定です‥ここから…東海寺=旧東海道へ戻り=荏原神社=海徳寺=品川寺=青物横丁駅で終了。全行程約2時間、4㎞位のコースとなりました。「旧東海道・品川宿」は整備がすすんでおり、旧跡の碑や説明案内板、トイレ、コンビニについては何らの問題はありませんが、参加人数が多い場合の「休憩場所」がどうかが、少し気にはなります‥。寒い時期の研修会は、北風が吹かない日であればそうは苦になりません(笑)
※写真は品川神社です。ここには東海七福神の大黒天が祀られています。

両国・大相撲朝稽古

4674461/9から大相撲初場所が両国国技館で開幕されます。昨日は初場所を真近に緊張感溢れる両国地区の相撲部屋を取材してきました。JR両国駅07:30集合、朝日が眩しい良い天気なのですが気温2℃とこの冬一番の寒さだったようです。自宅を出るときはまだ夜明け前、正直初場所の朝稽古取材はツライものがあります。最近はJR総武線ん隅田川を渡る際に、朝日を受けたスカイツリーが一瞬姿を見せるとても”いい感じの風景”が見られますが…。 さて、朝稽古‥開幕目前となると力士の在籍数が少ない部屋は、同門の部屋へ出稽古(合同稽古)に出かけて、部屋には誰もいないことや、インフルエンザ感染を防ぐために一般人の見学を許可しないこともあります。また、部屋によっては稽古非公開としている部屋もあるので、取材もけっこう大変です。正直なところ、以前は「相撲」にはほとんどく興味がありませんでした。朝稽古を取材するようになってから、目の前で力士がぶつかりあう迫力や稽古に対する真摯な姿に圧倒され興味を持つようになりました。見方を変えても柔軟体操、四股、股割りなど、一つ一つが格闘技の鍛錬としてはすべてが「理」にかなっています。やはり伝統が築き上げた「形」なのでしょう。これだけの練習量を毎日こなしているのはつくづく驚きです。私たちが挑戦しても‥1分と持たないでしょう(笑)

王子稲荷神社

393兎の次は狐って訳ではないのですが‥JR王子駅約400㍍の市街地に鎮座する落語の『王子の狐』でも有名な王子稲荷神社です。創建は平安時代以前といわれ、関東稲荷総社の格式を持ち・・『[ここで云う関東とは東北も含めての東国三十三国をさします』・・毎年大晦日の夜のに各地の狐たちが集まり装束を改めると云う伝承があり、江戸時代は「狐火の名所」として有名とされていました。JR王子の駅を降りて直ぐに神社がありますが、こちらは東京十社の王子神社(王子権現)です。王子稲荷社は境内に幼稚園を併設しているため、ウィークディは写真の階段を登ることはできず、幼稚園わきの坂道から登ります。この階段を登ると本殿があります。本殿から右奥に進むと、江戸時代から伝わる「願掛け石」があります。願いごとを唱えながら石を持ち上げると、叶う願いであれば石は軽く感じるそうです。是非試してみてください。
※写真では見えにくいですが、吹き出しの狛狐は階段上の右側のあります。なにやら口に咥えています。

あけましておめでとうございます (1)

stratotele新しい年の1回目は番外編から始まります。
左)Fender/Stratocaster62と右)Telecasuter、
我が愛器たちの代表です。このギターのオリジナルが世に出たのはストラトキャスターが1954年、テレキャスターが1951年ですので、60年前のことです。モチロンこれはオリジナルではありませんが…オリジナルであればハゲハゲのボロボロでも数百万円します…ギターとしての基本的構造は60年間何も変わっていません。工業製品としての電気ギターが、高機能の新製品が次々と発売されるにもかかわらず、長い年月変わらずに市場に受け入れられているのはとても不思議なことです。木を削って成型してネジで止めて塗装してあるだけ、木工工芸品として価値はありません。ヴァイオリンでいう「名器」とはかけ離れた存在です。それでも歴史の浅いアメリカの工業製品としては、伝統工芸品と呼んでもよい存在かも知れません。
左のストラトは数年前に札幌のリサイクル・ショップで偶然出会い仲良くなって、以後ライブ・イベントで必ず使用する、いわゆる”当たり”のギターです。工場ライン生産でも当たり、ハズレが多いのはアメリカ製品ならではなのですが‥。やや専門的になりますが、同じギターでも弾く人により出てくる音は全く違います。とくにテレキャスターは構造が簡単な分、ギター中級者でも手に余すくらい「気難しい」ギターなのです。

無理やりの感もありますが(笑)東京の下町の伝統工芸品には、歴史に培われた優れた製品が沢山あります。価格だけなら安価な輸入品も多く出回っていますが、日本の文化風土の中で今でもその価値を残している品々が沢山あります‥。今年はこのブログのなかでも紹介していければと思います。
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