旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2011年02月

芝増上寺‥徳川家霊廟

zoujyo_ji増上寺は港区芝公園にある浄土宗の寺院で、正式名称は「三縁山広度院増上寺といいます。上野の寛永寺と共に、徳川家の菩提寺として知られ、増上寺には6人の将軍(秀忠・家宣・家継・家重・家慶・家茂)や将軍の正室や側室が葬られ、他将軍家ゆかりの子女が合祀られています。TVドラマでの「崇源院・江与」もこちらに葬られています。第二次大戦前は多くの霊廟が旧国宝建造物に指定されていましたが、1945年の東京空襲で殆どが焼失していまいました。戦後荒廃した霊廟跡には西武グループ東京プリンスホテルが建設され、安国殿裏の現在の霊廟は1958年の発掘調査の後、現在の地に移転しています。現在の徳川家霊廟がこじんまりとしているのはその為です。
昨年までは徳川家霊廟は年に数日の期間限定(無料)で一般開放されていました。今年はTVドラマ放映中「お江」の寺、「将軍家墓所・特別公開」として、なんと4月15日~11月30日迄一般公開されるそうです(拝観料¥500/記念品付)。なんだか妙に感心しますね(笑)
徳川家歴代将軍の死因などは篠田達明氏の新潮新書「徳川将軍家十五代のカルテ」に詳しく、興味のある方は是非に‥。

皇居東御苑‥汐見坂

shiomizaka天守台跡から左に桃華楽堂、宮内庁楽部を見て「汐見坂」に進みます。明暦に大火の後本丸が拡張されたのに伴い、この坂が設けられました。思いのほか急な坂ですので雨天時などは充分に足元に気をつけてください。坂の上からは右に「白鳥濠」、正面に二の丸雑木林が見渡せます。二の丸雑木林はかつての武蔵野の面影を残す意向により手を入れてないと云われていますが。東京近郊で子供時代を過ごした身とすれば、どこかで見た風景にしか見えません。この雑木林の奥には二の丸庭園があります。
坂道を下り右に進めば大手門へ戻れます。左に進めば「平川門」から毎日新聞社前へ出られます。この平川門は大奥の女中方が出入りした門です。春日局が門限までに城に戻れず足止めさせられたのはこの門でした。また平川門に付随する形で「不浄門」と呼ばれる門があり、城内で死亡者や罪人がでた場合はこの門から城外へ出されました。生きたままこの門から出たのは”浅野の殿様”だけと言われていますが、そんな事は無いと思います。

皇居東御苑‥天守台跡

tennshu「富士見櫓」の項でも書きましたが、旧江戸城の天守閣は江戸時代初期の50年間しか存在していません。
1)家康の慶長年間の天守/1607年。場所は本丸の中心部でした。
2)秀忠の元和年間の天守/1623年。
3)家光の寛永年間の天守/1638年。家光の天守閣は黒壁に緑の銅葺き屋根で5層6階建て、天守台は4方約40㍍、高さは約58㍍あったそうです。威厳を誇った寛永天守閣も明暦の大火(振袖火事)ですべて消失してしまいます。幕府は直ちに天守閣・本丸の再建工事に着手し、加賀前田藩に命じて天守閣の再建にあたりましたが、将軍家綱の補佐役で叔父の保科正之(家光の異母兄弟)の進言により、天守閣の再建工事は中止となってしまいました。現存する天守台は中止前に加賀前田藩が築いたものです。江戸城の石垣はほとんどが伊豆半島・伊東付近の石を使用していますが、この天守台の石は前田藩がわざわざ瀬戸内海から運んだ石を使用しています。他に比べて白っぽく見えるのはそんな理由によります。

皇居東御苑‥本丸御殿跡

higashi_1higashi_2この広大な芝生が本丸御殿の跡です。左の写真の立ち位置あたりから松の木にかけてに将軍執務室や私的居住区画があり、松の木から天守台跡にかけて「大奥」があったそうです。今では想像すら出来ません‥。
官軍が江戸城に入城した時には、一面の焼け野原だったそうです。明治政府は旧西の丸の場所に皇居を置き、本丸跡には気象観測施設や時報を知らせる大砲台などを設置しました。正午になると大砲を発射して時報を知らせていました。ドンが鳴ったから帰るの‥”半ドン”の語源となったとの話です。
ここ皇居東御苑内にはいくつかの江戸時代からの建造物が残っています。これらは文化財等の指定を受けていません。東御苑は宮内庁の管轄で、皇室の財産や宮内庁管轄の美術品や建造物は、「御物」と称して文化財保護法の管理外になっているのがその理由だそうです。

♪二人の銀座♪‥「GINZA LIGHTS」

imageaaa待ちぃ合わせてぇ歩く銀座ぁ~♪は1966年に俳優の和泉雅子・山内賢が歌った曲で、元々はザ・ベンチャーズ作曲の2分にも満たない「GINZA LIGHTS」に永 六輔が無理やり日本語歌詞を付けた曲です。同名タイトルのお気楽映画まで製作されていますから、それなりのヒット曲なのでしょう。因みに和泉雅子は銀座・泰明小学校の卒業だそうです。
憧れのデート・スポットだった銀座も今や外国人観光客のショッピング・スポットと化しています。観光バスでド~ット来て1-2時間のショッピングタイムなのでしょうが、平日、週末を問わず大変な賑わいです。あの4丁目の老舗百貨店ですら中国語の店内放送をしているのですから‥。
確かにヴィトン、シャネルから始まってユニクロまであるのですから、世界の名立たるブランド品がここで買えるのは魅力的でしょう。しかもコピー商品でない”本物”が‥(笑) 恐らくですが、中国語・韓国語の通常会話のトーンは、日本人が怒った時の会話のトーンと同じ音域なのでしょうね。彼らの会話が”喧嘩”をしているように聞えるのは そのせいだと思います。それにしても元気溢れる人達です(!)
※写真はカシオの”イメージング・スクェア”で加工しています。画像が絵画的に変換できたりの効果が使用できます。Webから簡単に登録できますよ。

皇居東御苑‥富士見櫓

fujimi_1fujimi_2仲之門から坂道をあがり火災により黒く焼け焦げた石垣を残す中雀門跡を過ぎると、広大な本丸跡の芝生が見えてきます。ここから左の遊歩道を進むと左手に「富士見櫓」があります。この櫓が旧江戸城で唯一残った三重櫓です。実は江戸城の天守閣は徳川初期の50年間しか建っていません。江戸の町を3日3晩焼き尽くした明暦の大火(振袖火事)以降、城下の復興を優先させる保科正之(ほしなまさゆき)の進言で天守閣は再建されず、幕府の体制が固まった後は一度も再建されたことなありません。
ですので‥。TVの「暴れん坊将軍」-8代将軍吉宗に時代には天守閣は存在してないはずなのですが‥。
実際は、この「富士見櫓」が天守閣の代わりとなり、月見の宴などはこの櫓でおこなわれたそうです。
写真左は‥東御苑側からの富士見櫓です。櫓らしく見えませんね。
写真右は‥皇居参観コース富士見櫓を見ています。大変美しい姿です。

皇居‥楠木正成像

kusunoki楠木正成(楠公)は元寇の乱の時に後醍醐天皇の倒幕計画に応じて鎌倉幕府を滅ぼした武将です。
この銅像は住友財閥が四国の別子銅山の開坑200年記念に献納したもので、1900年に完成しました。作者は楠公・高村光雲、馬・後藤貞行で上野の西郷像と同じチームです。一般的な銅像は中が空洞になっていますが、この楠公像は中まで銅が詰まっており重さは6.7tもあります。この重さを”馬の足”だけで支えているのですから、大丈夫なんでしょうか‥?。
よく間違えられるようですが、写真上が正面側になります。正面から見ると楠公の顔が見えませんが、これは顔が皇居側を向いている造りになっているからです。この楠公前広場は東京でも数少ない観光バスの駐車場っており、最近は中国や韓国からの訪日団体が多く訪れています。首からカメラを提げ、バスを降りたとたんに煙草に火をつける‥。二昔前の日本人も東南アジアではこんな感じだったのでしょうか(?) それにしても中国や韓国からの団体が皇居に観光で訪れるとは‥。なんとなく違和感を感じてしまいますが‥。

フィルム一眼カメラはゴミ同然でした(涙)

canonブログを始めた関係で久しぶりにコンパクト・デジカメを購入しました。
CASIOのEX-H15と云う機種で、この機種はコンパクト・デジカメの弱点でもある電池の寿命がやたら長いので持ち歩きには便利です。コンパクトタイプにしてはやや大振りで、重さもあり、画素数も充分なのでWeb用でしたら満足できる性能なのですが‥やはり恐れていた通りデジカメ一眼が欲しくなってきました(笑)
昔々フイルム一眼に嵌った時代があり、今でも障りもしなくなった一眼レフが数台あります。”これを下取りに”と考えて中古カメラ屋を数件廻りましたが‥。驚いたというか、やはりというか、どのお店でも「査定不能」の回答ばかりです。中には”引取り料金を払ってくれれば”なんてのもあって‥。ライカ、ハッセルならまだしもキャノンやニコンの往年の人気機種は、中古市場に溢れかえっているそうです。思い入れのあるカメラ達を粗大ゴミ出すのは忍びないですが、今時旧式カメラを購入する人もいませんし考えてしまいます。レザーディスク、レコードについで、若い頃にお金を注ぎ込んだ趣味がこうなってしまうとは‥あぁ”涙”です。

皇居‥桜田門

sakuradamon旧江戸城(現皇居)の内堀に造られた桜田門です。旧江戸城には内桜田門と外桜田門が存在しますが、内桜田門は桔梗門のことを云います。江戸初期では小田原街道の始点として「小田原口」と呼ばれていました。安政7年、この門付近で時の大老・井伊直弼の暗殺事件(桜田門外の変)がありましたが、井伊直弼の屋敷は現在の国会前庭辺りなので、屋敷を出てから僅か300mあたりで襲撃されたこととなります。昨年公開の映画では、そのあたり忠実に描かれていました‥。この門も「枡形門」の造りとなっており、手前の門が狭く造られ、攻め手画が直進できない構造は防御の砦として優れた建物構造です。当時の姿を残している点では、大手門よりその構造が判り易いと思います。地下鉄有楽町線を地上に出るとすぐ門の前に出ます。桜田門の反対側には警視庁(隠語で警視庁=桜田門はここからきています)があり、さらに道路を挟んで、法務省赤レンガ造りの建物があります。法務省建物は一部が一般見学が可能ですが‥。展示物が展示物だけにマニアックな感が否めません。

虎ノ門‥金毘羅宮

toranomon東京メトロ・虎の門駅下車、虎ノ門琴平タワービルの中庭といった雰囲気で「虎ノ門金毘羅宮」があります。神社は万治3年(1660年)、讃岐の丸亀藩主の邸宅を愛宕下に建造した際、讃岐金刀比羅大神を勧請したことが始まりされています。この地は江戸城裏鬼門の位置にあり、江戸城の鬼門除けの神として鎮座しているそうです。ビジネス街という場所がら、昼休などはサラリーマンの憩いの場となっているようですね(敷地内に灰皿が設置されています)。金毘羅宮といえば五穀豊穣、豊漁満帆、海陸安穏の神様ですが、この神社では日本屈指の大魔王「崇徳天皇」が祀られています。四国に流刑された天皇ですから、不思議はないのですが‥。本殿前の鳥居は、文政4年(1821年)に奉納され、平成13年に港区の文化財に指定された銅製の鳥居です。この鳥居は天の四方を守る霊獣、東の青竜・南の朱雀・西の白虎・北の玄武の彫刻が施されている珍しい造りです。
写真右上:地下鉄から地上に出ると霞ヶ関側出口脇に「虎の銅像」があります‥虎にしては小さいので”猫”に見えるのですが‥かつてこの場所付近に”虎ノ門”と呼ばれる”門”があった事を記念しているようです。

巣鴨・地蔵通り商店街

sugamo平日なのでもっと閑散としていると思ったのですが‥。流石に「おばあちゃんの原宿」ですね。さすがに年配者の多いこと!
JR巣鴨駅を出て白山通りを反対側に渡り、歩道橋のある所から左方面へ伸びる道があります。ここから庚申塚辺りまでが「巣鴨地蔵通り商店街」です。最初に江戸六地蔵尊・眞性寺に立ち寄りました。江戸六地蔵尊は江戸の六街道の出入口に置かれ、旅人の安全を守ってくれたと云われています。因みに巣鴨は中仙道の出入口にあたります。境内には大仏と見間違える大きな地蔵尊がありますが、お線香の煙がまるで火事でも発生しているかの様相です。
地蔵通り商店街を進んでいきます。飲食店や衣料品店が並び結構賑やかな商店街ですが、やはり衣料品店は若干「地味目かなぁ」と思いますね(笑) 土地柄バリアフリー風の飲食店が多いようです。 常設なのでしょうか(?)滋賀県と北海道の物産店がありました。 琵琶湖の”ふな寿司”が売られているのには驚きです。
商店街の中ほどに「とげぬき地蔵・高岩寺」があります。こちらもお線香の煙でモクモク状態です。境内には、さすが「巣鴨」と思わせる土産品(?)が売られてますが、耳掻き‥¥980がはたして高いのか、安いのか‥? ここから巣鴨駅に戻っても良いのですが、商店街を抜けて「巣鴨庚申塚」まで行きました。有名な割にはこじんまりとしています。現在は庚申堂に猿田彦大神を合祀しているので、小さめですが「狛猿」になっています。
ここから都電荒川線の「庚申塚駅」はすぐです。都電は前払い・均一料金¥160。JRに乗換えであれば大塚駅もしくは王子駅なのですが、今回は王子駅まで乗車、所要時間は約9分でした。

新橋・烏森神社・若かりし頃‥。

karasumori最近、新橋駅付近に行く事が多くなりました。「新橋」は会社勤めを始めてから都合17年間通勤していた駅ですが、「ゆりかもめ」が開通し、汐留に高層ビルが林立するようになってから街は急激に変貌してしまいました。汐留地区なんぞ旧国鉄の貨物駅だったのですからねぇ(笑) 昔は、休日のSL広場は場外馬券に行く人ばかりでファミリーや若い人など見かける事はありませんでした。それが今は‥。
今も変わらず頑張っている飲食店や店舗もありますが、「此処、何があったけ?」の連続です。会社をさぼってよく昼寝したJR線路下の成人映画館は今も健在で、なんとなく嬉しくなります。ディスカウント・ショップの雄「キムラヤ」は線路下の1店舗になっていました。「京浜デパート」は閉店したのでしょうか? 「烏森神社」は今も健在(!)です。参道の間口の狭い飲み屋はだいぶ無くなって空間が目立ちます。
新橋・若かりし頃‥記憶の彼方に霞んでいるようで複雑な思いです。

国会議事堂参観‥補足

gijido_7補足として国会議事堂衆議院の参観についての注意事項です。参観所要時間は平日と土・日・祭日や修学旅行、参観者が大勢の場合などで異なりますが、約1時間必要です。平日は写真左上「衆議院参観入口」で受付を済ませ、地下にある参観待合室で参観開始を待つこととなります。(土・日・祭日の場合は、地下鉄国会議事堂駅に近い衆議院別館での受付です)。受付の際に議事堂のパンフレットが配布されます。入場券の代わりとなりますので、参観終了まで必ず手に持っていてください。(提示を求められる場合があります)。建物内部は原則として”撮影禁止”とされています。衛視さんが先頭となり参観が始まりますが、館内のトイレは保安上の都合から使用出来ませんので待ち時間に済ませてください。参観ルートは日により異なりますが、衆議院議場、御休所、中央広間、区画により壁の石材が異っていたり、どう見ても赤くない「赤絨毯」などなど、何気ない部分にも歴史を感じさせられる見所が多々あります。建物を出て「各都道府県を代表する樹」が植えられている庭を通り、議事堂正面に到着。ここで参観は終了です。
注)急に本会議が行われたり会議時間が延びるなどの理由により、参観が中止になることもあります。

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