旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2011年04月

墨田川‥厩橋

umayabashi厩橋は台東区蔵前と墨田区本所1丁目を結び、橋上の道路は春日通り(都道453号本郷亀戸線)です。橋長は151.4m、橋幅は22mあります。この厩橋はアーチが上、道路が下のタイプです。元々は江戸・元禄年から続いた「御厩の渡し」のあった場所で、1874年現在よりやや下流に造らていました。1895年に架け替えられ、その後関東大震災により被災、復興計画により現在の橋に架け替えられました。3連アーチ構造と緑色の塗装が印象的な美しい橋です。厩橋の名称は江戸時代には蔵前近辺に米蔵が数多くあり、米を運搬するための馬が飼われていた厩(馬屋)があったことに由来したいるそうです。
そんなことから橋柱には「馬」をデザインしたガラス細工が組み込まれている等、各所に「馬」にまつわるデザインが施されています。
この橋付近の地下には都営地下鉄大江戸線が通っているのですが、上下線とも厩橋の真下を通らず橋を避けるように迂回しているそうです。戦時中であれば橋が爆撃されたおりに地下の施設した鉄道に害を及ぼさないように、このような迂回設計が一般的だったのですが戦後に造られた地下鉄にしては旧方式に従ったという不思議な造られかたをしています。都営大江戸線については路線各所に不思議な設計があり、公表されていない地下施設を再利用しているなどとも云われていますが、何分にも地面の下のことなので分かりませんね。

川越散策‥喜多院

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川越市の天台宗・喜多院です。別名「川越大師」の名称でも知られています。広大な境内には池や堀を廻らせた景勝地とされていますが、この季節(?)堀は空堀、池は枯葉だらけとなっています。830年の創建とされていますが江戸年間(1612年)徳川家の黒幕・天海僧正が住職として入寺し徳川家との繋がりが強くなってから繁栄しているようです。建物の多くが重要文化財に指定され貴重な美術工芸品も多く所有しています。客殿や書院には「家光誕生の間」や「春日局化粧の間」などが残されていますが、これらは1638年の火災で喜多院のほとんどが消失した際、3代将軍家光の命で江戸城内・紅葉山から書院、客殿を移築してきています。その後たびたびの火災で江戸城は焼失していますから、結果としてこれらの移築建造物が江戸城唯一の遺構となっています。
境内の「五百羅漢」は1782年頃から建立されたもので、538体の石仏が鎮座しているそうです。「日本三大羅漢」の1ッらしいですが、この”三大なんたら”って表現はいかにも日本的ですねぇ。
拝観料は客殿・書院・庫裏・本堂+五百羅漢で大人¥400です。五百羅漢は薄気味悪いだけなのですが‥
喜多院の南側(むしろ敷地内)には「仙波東照宮」があります。日光・久能山とともに三大東照宮(出ました!)といわれているらしいのですが‥。


東京大神宮

tyodaijingu「東京大神宮」は最近注目の”縁結びのパワースポット”だそうです。千代田区富士見2丁目、最寄り駅はJR飯田橋駅徒歩5分程です。ご祭神は天照皇大神・豊受大神とお伊勢系の神様なのですが‥。起源は明治13年今の有楽町に皇大神宮遥拝殿が起源とされ、後に「大神宮祠」‥(一般的には日比谷大神宮)と改称しました。関東大震災で社殿が消失し昭和3年に現在地に移り「飯田橋大神宮」と呼ばれており、昭和21年以降は「東京大神宮」と改称、現在となります。なんともややこしい歴史を持っています。
「神前結婚式」の普及に努め、日本最古の神前結婚場とされる「東京大神宮マツヤサロン」が本殿隣にあります。
そうしてみると「神前結婚式」はそんなに長い歴史があるものではないのですねぇ。
東京に於ける”お伊勢参り”としては「芝大神宮」の方が一般的ですし、縁結びであれば”出雲系”の神様です‥。何故ここが”縁結びのパワースポット”として注目されるようになったのでしょうか?よく判りません(苦笑)
この写真の撮影日は平日の午後なのですが、”ご縁”を求めて参拝する女性の姿が多く見かけられました。
皆さんが良いご縁に恵まれますように‥。

靖国神社

yasukuni千代田区九段北、あの「靖国神社」です。1868年(明治2年)戊辰戦争の朝廷方戦死者を慰霊するため大村益次郎(村田蔵六)により「東京招魂社」として創建されました。1879年別格官幣社として「靖国神社」と改称されています。祭神は戦没者英霊とされ、西南戦争(西郷隆盛は除外)以降日清・日露戦争、満州事変、支那事変、太平洋戦争までの戦没者が対象となっています。(戦没者の格付けはややこしいので、ここでは省略します) 極東軍事裁判(東京裁判)などの軍事裁判で処刑された方々は特に「昭和殉難者」と呼ばれています。総理大臣の参拝で問題視されるのは昭和殉難者についてですが、実際はこれを遥かに上回る”日本国の為に戦死していった方々”の霊が祀られているのですが‥。
この日は天気も良く暖かで桜満開の日だったのですが‥。花見の宴をしている人が殆ど見かけませんでした。競争率が高いので有名な観光バス駐車場には1台も駐車していません(!)自粛ムードもここまで来てしまうと日本経済がホトホト心配になります。 
本殿向かって右手には「遊就館」という併設展示施設があります(大人¥800) こちらには22室の展示室に戦没者の遺書や遺品が展示されています。20歳にも満たない兵隊が残した”遺書”には心うたれるものがありますよ。

防衛省・市ヶ谷台

ichigaya_9ichigaya_8とにかく”広いなぁ”というのが最初の印象です。防衛省・市ヶ谷台は官公庁の施設では最大の規模でしょうねっ。敷地面積は約23㌶、職員と自衛官を含め約1万人の方々が働いているそうです。食堂だけで数箇所あるそうですが、そりゃそうですよね。
江戸時代は尾張徳川家の上屋敷があった場所で、後には陸軍士官学校、大本営陸軍部・陸軍省・参謀本部が置かれ、平成12年に旧防衛省が六本木から移転して来ました。
正門の所で受付を済ませると(時間厳守です)内閣官房の職員の方が来て、身分証明書のチェックと行程の説明があり出発です。写真左、左側が「庁舎A棟」‥地上19階・地下4階、屋上ヘリポート2基があります。元々の「市ヶ谷記念館」はこの場所にあったそうです。この裏手が「厚生棟」で食堂や売店(コンビニ・書店・土産店・宝くじ・旅行会社・珈琲ショップ/スタバ)があります。霞ヶ関の官庁にもこんな立派な施設はありません。
庁舎A棟の奥が「市ヶ谷記念館」です。東京裁判や三島事件などがあった建物で、市ヶ谷台でも最大の見所です。とくに東京裁判が行われた講堂は思いのほか狭いのですが、各所に”広く見せるよう”な工夫がされています。天皇陛下に係わる工夫は”へぇ~ッ”の連続です。ホールには旧軍の資料が展示してあり、栗林中将‥渡辺謙主演の映画”硫黄島からの手紙”‥の家族宛ての「絵葉書」などが展示してあります。この建物が持つ歴史の「重み」を文章で伝えるのは難しいのですが‥「市ヶ谷記念館」だけども訪れる価値はあります(!)
因みに右の写真の立位置は山手線内で2番目(1位は新宿区・箱根山)の標高だそうです。

防衛省・市ヶ谷台‥市ヶ谷記念館

ichigaya_1ichigaya_2防衛省・市ヶ谷台敷地内の「市ヶ谷記念館」です。ここ防衛省・市ヶ谷台は1日2回の限定ですが見学することができます。事前の申込みが必要となり、当日は運転免許証やパスポートなどの身分証目書を持参しなければなりません。現在は市ヶ谷駐屯地の部隊も東北地方に派遣されているそうです。そんな関係からなのでしょうか、今回は通常よりも短縮されていました。それでも約1時間30分かかります。施設内は内閣官房職員と女性職員が同行して説明をしてもらえます。

後先になりますが、今回は写真の市ヶ谷記念館(旧陸軍士官学校本部)と大講堂です。この建物は本来は取り壊される予定だったのですが、歴史的重要性から場所を移転し主要な部分のみを復元しています。(2階の展示室に全貌の模型が展示されています)。写真左正面玄関上のバルコニーが昭和45年三島由紀夫が最後の演説をした場所です。写真右が大講堂。昭和21年5月から23年11月まで極東国際軍事裁判(東京裁判)が行われた場所です。案内のよると正面舞台上(明るくなっている所)が同時通訳の席、左側奥から手前へ裁判官が並び、右側奥から手前へ28人の戦犯が並んだそうです。この裁判は戦勝国が「正義」、敗戦国(日本)が「悪」と決め付けた、単なる復讐の儀式であったとも言われています。歴史は繰り返し、アメリカはイラク戦争でもサダム・フセインに同じ事をしましたね(!)


いろは会商店会

iroha_2iroha_1映画の公開以来有名になりました。台東区日本堤の「いろは会商店会」、ご存知「あしたのジョーのふるさと」です(笑) JRor東京メトロ南千住駅下車、浅草方面へ向かうと丹下ジムのあった”泪橋交差点”です。実際は川などありませんので、原作のように橋の下には丹下ジムはありませんよっ。泪橋交差点を直進して浅草警察日本堤交番を曲がると、「いろは会商店会」のがあります。映画とのタイアップなのでしょう「あしたのジョー」の横断幕やのぼりが目に付きます。
商店街の全長は400mくらいでしょうか?ジョイフル三ノ輪と違ってシャッターを下ろしている店が目立ちますねっ。この付近がいわゆる”山谷のドヤ街”です。簡易宿泊施設が並び労務者の方々がたむろしている所ですね。久々に歩いたのですが、不景気なんでしょうか?それとも皆さん大挙して東北方面に向かったのでしょうか?なんだか以前と異なって静かで小奇麗な感さえします。それでも10数人のオッチャン達が路上に車座になって花もないのに花見をしている風景は、やはり”山谷”なんだと云う雰囲気です。日が暮れてから行けば違う”顔”がみられるのでしょうが、チョット‥です。

川越散策‥菓子屋横丁

kawagoe_3kawagoe_4蔵造りの街並みの通りを「札の辻交差点」まで歩きます。交差点を左に曲がり約50mほどで『菓子屋横丁』があります。この辺りは明治の始めからお菓子を製造する方達がいたそうです。大正12年の関東大震災の折に東京の駄菓子を作る工場が壊滅してしまったため、変わってこの地が駄菓子の製造供給元となったそうです。昭和初期になると70軒以上の製造業者があったといわれています。現在はL字型に曲がった横丁に20数店舗の駄菓子屋が軒を連ね、お菓子のほか、ベーゴマや素朴な玩具などが店先に並べられ、昔懐かしい雰囲気を醸し出しています。名物「芋きんつば」などは、今の「スイーツなる訳の判らないモノ」に比べると素朴そのものなのですが、昔の子供達にとっては比類ない「甘いもの」だったのでしょう。「最近は駄菓子の良さが見直されてきている‥」なんて案内があるのですが、私の子供の頃は親から『あんなもん食べるとお腹をこわす』と言われ小学生位になるまで食べさせてもらえませんでした。どちらかと言うとそちらの記憶の方が強く残っています(笑)
それにしても、川越の町はタイトルに指定されるのが好きと見えて、この菓子屋横丁も平成13年に環境省の実施した「かおりの風景100選」に選ばれているそうです。まったく”なんじゃそりゃ”ですね。

ジョイフル三ノ輪商店街

minowa_2minowa_1地震ネタでなんなんですが、1855年に安政の大地震と言われるM6.9と推定される江戸直下型の大地震がありました。一説によると震源地は”亀有”辺りとも言われています。この時に死亡した吉原の遊女達は現南千住の「浄閑寺」に文字通り”投げ込まれた”そうです。浄閑寺は日比谷線三ノ輪駅下車すぐです。ここからJR常磐線ガードをくぐり国道4号線から少し入ると「ジョイフル三ノ輪商店街」があります(国道からは見えませんので注意してください)
日比谷線三ノ輪駅徒歩5分というより都電荒川線三ノ輪橋駅脇と言った方が良いですね。都電荒川線に沿うように約500mの商店街が続いています(都電の駅で1区画分です)。この商店街は東京でも珍しいくらい”元気な商店街”です。昔懐かしいパン屋さん、紅ショウガ入りの天婦羅お惣菜を売るお店、餃子だけを専門に売るお店‥。懐かしいようで、それでいて今も元気な商店街です。今は寂しくなった他の商店街も昔はここのように活気溢れる商店街だったのでしょう。商店街を散策するのに気を付けなねばならないのは、地元のおっちゃん&おばちゃん方の”自転車暴走族”です。とにかく音もなく勢いよく走り抜けてきます。常に後方注意で歩きましょう(!)
都内で唯一残る都電荒川線はノンビリした下町の散策にはお勧めです。初乗り1区間で¥160、当日限り有効な1日フリー切符は¥400ですから3回乗れば元がとれます。JR王子駅までの路線には荒川遊園や都電荒川車庫などがあり、JR王子駅付近には以前紹介した飛鳥山、東京十社の王子権現、王子稲荷、名主の滝公園などの見所もあります。

谷中散策‥旧吉田屋酒店などなど

sakuragi_2sakuragi_1谷中散策とするには微妙なのですが‥。やはり外せません。
〔旧吉田屋酒店〕‥明治43年建築の酒屋・吉田屋を移築、現在は下町風俗資料館付設展示場として無料開放され、帳場がある土間には木樽や陶製樽、升、徳利、歴代のビール瓶、カルピスの旧包装などが展示されています。
〔カヤバ珈琲〕‥大正5年築の建物です。歴史をへて平成20年にNPO法人により外観や看板、テーブル、椅子、カウンターなど、昔の雰囲気のある喫茶店として復活再生され珈琲店として営業しています。
〔岡埜栄泉〕‥上野駅前の老舗の和菓子屋「岡埜栄泉総本舗」からの”のれん分け”のお店ですが、のれん分けといっも明治33年の創業だそうでからねぇ。総本舗は改築されているのですが、こちら上野桜木は建物が古く、昔ながらの和菓子屋さんのイメージそのものです。お店の「豆大福」は甘さ控えめで美味しいのですが‥足が速い(賞味期限が短い)ので大量購入はお勧めできません。
〔愛玉子〕‥上野桜木に古くからある喫茶店です。愛玉子(オーギョクチー)は元々台湾産の植物「愛玉の実」から作るデザートで台湾ではポピュラーなデザートだそうです(そうなんですかねぇ)。一見”色つきのところてん”に見えますが、味のほうは‥? カヤバ珈琲に負けず劣らず風格のあるお店です。幻の味になる前に、興味のある方は食してみてください。
※カヤバ珈琲・岡埜栄泉・喫茶愛玉子はすぐご近所です。3店制覇は意外と難しいかもしれませんねっ。

谷中散策‥谷中五重塔心中

yanaka_5谷中霊園は、都立谷中霊園・天王子墓地・寛永寺墓地の区域を含んで「谷中墓地」と称され、約10㎡の敷地に約7000基の墓があります。桜の季節は特に賑わうのですが‥。「桜の木下には死体が埋まっていて、桜の花びらの色は血の色だ‥」なんて言い伝えもなんとなく判る気がしますねっ。
中央通路の途中に、幸田露伴の小説『五重塔』のモデルになった五重塔跡(写真)があります。跡といっても実際に残っているのは「礎石」だけなのですが‥。この五重搭は昭和32年7月6日の早朝の心中による放火で消失しています。案内板には五重搭が炎上している写真の展示があり妙に生々しさが感じられます。
心中を図ったのは50歳代と男と20歳代の女。不倫関係の清算を図るための心中とされています。「不倫のもつれ」なんてのは何時の時代にもある話ですが「文化財を道連れ」はかなりの非難を浴びたことでしょう。数年前に搭の再建計画が報じられましたが、その後の進展はあるのでしょうか?
谷中墓地には徳川15代将軍慶喜・渋沢栄一・横山大観・鳩山一郎・長谷川一夫などの多くの有名人が眠っています。昨今は谷中墓地を始め雑司が谷、青山墓地などで「有名人墓参り巡り」と称して墓参する方が増えているらしいですが、なんとも理解できません。著名人は生きて活躍している事で評価されるべきで、折角静かに眠っているのに、見ず知らずの赤の他人がいきなり訪ねてくるのは迷惑だと思わないのでしょうか‥。
そんな暇があれば、もっと自分の家の墓参りに行くべきです(!)

★たま~に見るのですが、昼メロの『さくら心中』。なにがドロドロってこれほどドロドロも話もないでしょう(!)HPを見るだけででも、ドロドロ感が伝わってきます(笑)

上野寛永寺‥徳川家霊廟

kaneiji_tokugawa待ちに待った(?)パンダさんの一般公開日、民放各社は「開園時間を待つ大勢の人達」を撮りたかったんでしょうが‥。朝7時頃に並んだ”ご苦労な方々”は15人くらいでしたねっ。これでは某ラーメン店の行列以下です。見事なくらいのTV局の筋書きハズレのようでした。爆笑モンですねっ。
桜も咲き出して上野のお山にも春が来たようです。今年は”上野公園花見宴会も”自粛だとのこと‥。「自粛」というのは指示・命令されるものでしょうか?桜の季節に『狂う』のは日本人の『血』がなせることだと思うのですが、それを自粛せよとは‥。
今回は天台宗関東総本山・東叡山寛永寺です。開基は3代将軍徳川家光で徳川将軍家の祈祷所・菩提寺です。歴代徳川将軍の墓所となり、4代家綱・5代綱吉・8代吉宗・10代家治・11代家斉・13代家定の6名とその正室(天璋院篤姫もこちらです)の方々が眠っています。徳川家霊廟自体は非公開となっていますが写真の門までは(こっそりと)行かれます。
15代慶喜公の墓所は裏手の谷中霊園にあります(写真右下)。こちらも非公開で塀の外からなのですが、震災の影響でしょうか塀の一部がグズグズになっていました。歴代徳川将軍のうち初代家康と15代慶喜は「神式」で、他の将軍は「仏式」で(2人が神様で他は仏様)で葬られています。徳川慶喜は一ツ橋家から将軍に就任していますが水戸徳川家から一ツ橋家に養子に行っていますので、唯一の「水戸家」出身の将軍ですね。「水戸家」は徳川家のなかでも「朝廷」を守る立場とされていたので、明治維新時の弱腰は朝廷に反抗できなかったためとも云われています。明治維新後は謹慎生活を送りながらも、計24名の子供をもうけています。77歳で肺炎で亡くなっていますが、意外と健康で「元気」な人だったのでしょう(苦笑)

川越散策‥蔵造りの町並み

kawakura_1kawakura_22009年のNHK朝の連続テレビ小説「つばさ」‥何でも歴代ワースト2の視聴率だったそうです‥に登場していたのがこの辺りですねっ。写真でも判るように電柱がありませんので妙にスッキリしています。この「一番街」に立ち並ぶ土蔵造りのお店は、火事での類焼を防ぐための耐火建築として江戸時代に発達したものと云われています。平成11年に国の重要伝統的建造物群保存地区(例によって長い名称です)に選定され、平成19年には「美しい日本の歴史的風土100選」に選定されています。また川越の紹介には必ず登場する「時の鐘」は約400年前から時を知らせてきた川越のシンボルです。こちらも平成8年当時の環境庁主催の「残したい日本の音風景100選」に選ばれています。
池袋から東武東上線で急行で30分、大宮からJR川越線で20分と交通の便も良いので、週末のブラリ散歩にはお勧めです。前項でも触れましたが蔵造りの町地区も川越駅から歩くにはちょっと遠いので、片道はバスを利用、片道は歩くのが良いでしょう。川越駅から続く商店街(クレアモール)や大正浪漫夢通りなどには、興味を引くお店も結構ありますよっ。

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