旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2013年02月

東京理科大学・近代科学資料館

021501021502大学の資料館となるとお堅いイメージになりがちですが、新宿区神楽坂の東京理科大学・近代科学資料館には興味深い資料が展示されています。規模こそ大きくはないのですが、世界各地からの算盤や計産尺、機械式計算機の展示など…。もしかすると”ここだけ”かも知れません。社会人になった頃に大枚をはたいて購入した”手帳型電卓”は懐かし感がこみあげてきます。当時は¥10000超でした。今思うと大変な高額です(!)。パソコンやTVゲームの展示では記憶にあるマシンもあり、短い年月でここまで一般化したのかと感慨深いモノがあります。…一世を風靡した「アイ・マック」、あれだけ売れまくったPCはどこへ消えたのでしょうか…これら計算機の歴史がメインなのですが、傍らに「録音技術の歴史」なるコーナーがあります。蓄音機からテープ・レコーダー、前世期の遺物と化した初代ウォーク・マン(発売当初は¥20000超?)などの品は涙ものです。
大学の施設だけに休館日が日曜・月曜・祝日・大学の休業日とあります。人気の”神楽坂街歩き”に立ち寄っても結構楽しめると思います。

堀之内・妙法寺

022301022302江戸時代から「堀の内さん」や「お祖師さま」と呼ばれた杉並区堀之内・妙法寺は厄除で広く知られ「堀の内へ行ってくる」とは妙法寺に参拝することを意味し、吉原の遊女達でさえ代参を頼み”手ぬぐい”を奉納してもらっていたほどです。寺にある「日蓮」の祖師像が厄除けにご利益があるということで人々の信仰を集め、現在でも厄除けなど多くの人が参拝に訪れています。古典落語「堀の内」の題材としても知られています。東京メトロ丸の内線「東高円寺」下車、環七通りを徒歩10分ほどです。東京都有形文化財指定の『仁王門』や『祖師堂』をはじめ、本堂(三軌堂)、眼病や学問のご利益のある日朝堂など名刹です。環七通りからほんの少し入っただけなのですが大変に味わいのあるお寺です。

022304022303こちらは祖師堂隣の国指定重要文化財の「鉄門」です。「東京都」ではなく「国指定」です。この鉄門はニコライ堂や上野博物館等、日本の近代建築の恩師とされる英国人ジョサイア・コンドルの設計によります。年代的には来日第一作ではないかと云われているそうです。洋風のようで日本古来のモチーフが折り込まれている折衷様式だそうですが、カラフルな鳳凰が冠されたり、柱の上には子供の像があったりで意味不明の気がします。さらにはジョサイア・コンドルと云えばの”アカンサス”…イタリア地中海地方の植物…が付けられています。このお方は”アカンサス”しかアイディアがなかったのでしょうか?他の建築作品にも多用されています。まぁ時代が時代ですから”大丈夫!この文様はヨーロッパでは大流行だょ”的な大騙しだったのかも知れません。

ブートCDの裏通り・03

022002昔、新宿通りの現"マルイワン”の建っている場所に、「コタニ・レコード」という大型レコード店がありました。時期は正確には覚えていないのですが、写真にある”緑のジャケットに”The Beatles Hollywood 1964”と素っ気ないゴム印の文字、ブルーのカラーレコードTMQ71065のブート(当時は海賊盤)はこの店で購入しています。”海賊盤”という存在が知られ出した頃で、アメリカのFM放送からパクッタ「Get Back To Toronto」…Fから始まるLet It Beが入ったやつ…が仲間内では話題になっていました。思えばこの”Hollywood Bowl”の演奏を最初に聴いたのはラジオの深夜放送なんです(!)深夜放送とはいえ”海賊版”…そんな時代だったのです(笑)。Get Back関連に比べて格段に音が良く、短縮されたTwis t& Shoutに”なんじゃい”と思い、All My Lovingでは”ジョンがホントに3連刻みを弾いてポールとジョージのコーラスなんだ”と感心したものです。それにつけてもモニター無し、前からは客の大歓声(!)の状況で良くまともに演奏になっていた(特にコーラス)と思います。実際、この”Hollywood Bowl 1964”がいまに続く『ブートの裏通りへの入口』だったのでしょうねっ。とんでもなく長く、曲がりくねった無駄使いの道へと続いていました(苦笑)
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*赤いレコードは”In Atlanta Whiskey Flat”とされていますが、いまだに何処の公演か判らないやつです。
*左上方は、TSPの”Hollywood Bowl”このCDからAugust 30 1965のライブが収録されています。
*その他Hollywood Bowl関連のモロモロです。ビックリするようなライブ音源はもう登場しないでしょうね。

延命院スキャンダル

021701021702事件が起きてから200年以上経過しているので「いまさら感」は否めませんが、谷中の延命院は徳川11代将軍家斉の時代に大奥を巻き込む一大スキャンダルの舞台となっています。当時、住職を務めていた元歌舞伎役者で美男として知られた僧侶”日道"は、自らの立場と美貌を利用して法談、祈祷、通夜と称して婦女子を集め寺内で淫行におよび、関係を持ったのが一般婦女子のみならず大奥をはじめ御三家、大名家の女中など一説によると17歳から60歳まで約60人の婦女子と淫行におよんでいたそうです。なんとも元気で手広い方です。そうなると悪行は露見し、寺社奉行脇坂安薫により日道は摘発され斬罪となっています。また関係のあった婦女子も処罰されています。このスキャンダルは明治11年に上演された戯曲「日月享和政談”日当”」のモデルとなり「延命院事件」して広く知られるようになりました。
JR日暮里駅を谷中方面へ、有名な”ゆうやけだんだん”の手前にお寺はあります。境内には頑丈な延命措置が取られた「シイの木」の古木があります。これは江戸時代からの古木だそう、「延命院事件」の目撃者かも知れません。『谷中』といえば”猫の街”。延命院にもいらっしゃいました。
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湯島聖堂の聖獣たち・Ⅱ

021403021404JRお茶の水駅ホームから神田川を挟んで湯島聖堂が見えます。両岸を結ぶ橋の名称は「聖橋」。関東大震災復興事業の一環で昭和2年に完成した橋です。名称の由来は両岸に位置する湯島聖堂とニコライ堂を結ぶことから「聖橋」だそうで、公募とはいえ安易と云えば安易です。この湯島聖堂には「日本の学校教育発祥の地」との掲示がありますが、元々は元禄年間に林羅山が現在の上野公園の私邸に建てた孔子廟を、将軍綱吉に命よりこの地に移したのが始まりで、寛永年間には幕府の官立の”昌平坂学問所”となり多くの人材を育成しているので間違いではありません。写真の門は「明神門/みょうじんもん」で昭和10年の竣工です。まさかと思ったのですが、神田明神側の門なので”明神門”なんだそうです(苦笑)。右は中華民国台北市ライオンズクラブより寄贈された孔子像です。高さ4.5m、重さ1.5tは孔子像としては世界最大とのことですが…(?)

現在の「湯島聖堂」は、昭和31年より「財団法人斯文会」により管理運営されています。この斯文会の建物の屋根には、昭和10年に復興聖堂の設計を担当した”伊東忠太氏”による不思議な動物たちが配されています。氏のオリジナルで名前も意味するところも不詳なんだそうです…。
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湯島聖堂の聖獣たち

021402021401東京・文京区の『湯島聖堂・大成殿』の屋根上には、霊獣たちが聖堂を守っています。この湯島聖堂徳川5代将軍綱吉が儒学振興のため、上野忍ケ岡の林羅山の孔子廟と家塾を元禄3年(1690)湯島に聖堂を造り移転したのが始まりです。将軍綱吉はどうしても「生類憐みの令」が有名ですが、学問にも理解を示しこの地には後に幕府直轄学校として「昌平坂学問所」が開設されています。現在の大成殿は関東大震災で焼失し昭和10年に伊東忠太博士の設計で再築されたものです。屋根の上には、シャチホコの一種の『鬼■頭(きぎんとう)』…■は変換不可、獣ヘンに犬と書く…と呼ばれる”龍頭魚尾”で頭から水を噴き上げている像が”水の神として、火災を防ぐ為に”祀られています。写真は『鬼龍子/きりゅうし』という顔は猫科で牙を剥き、腹部には鱗がある「猫型蛇腹」の動物(?)です。当然、想像上の霊獣で孔子のような聖人の徳に感じて現れるとさています。猫型蛇腹とは、なんという想像力なのでしょうか…?

中野区役所・犬屋敷跡

021201021202徳川5代将軍綱吉が発した「生類憐れみの令」によって江戸の街に多くの野犬が増え、野犬のための犬小屋が現在の今の中野駅を中心に28万坪(!)の広さにわたっ造られました。 綱吉は正保3年(1646)丙犬(ひのえいぬ)年の生まれ、3代将軍家光の第4子で母は京都の八百屋仁左衛門の娘、後の桂昌院です。綱吉公は身長124㎝と今の小学生並みです。身体的コンプレックスからか学問に対しては異様なほど熱心だったと云われています。将軍に就任するも世継に恵まれず、母の桂昌院と僧の隆光による「子どもが生まれないのは前世に生きものを多く殺したむくいである・・・・」・「将軍は、戌年の生まれであるから、犬をとくに大事にするのが良い・・・・」との進言を受け、名高い「生類憐みの令」を発令しました。実際は最初に命令が出されたのは何時であるのか判らず、当初は不仁を禁ずるという程度が、運用方で徐々にエスカレートし”お犬様々の時代”が二十数年間も続きました。現在の中野区役所付近が多くの犬たちが収容された御囲(通称犬小屋)跡で、昭和和43年区役所庁舎落成を記念して、庁舎の正面玄関前にその由来を記した碑が建てられています。

アリアプロⅡ・TA-TONIC

021302021303『Aria Pro Ⅱ』製のTA-TONICという名称のセミアコ・ギターです。カタログ価格は¥126,000(ハード・ケース付)となっています。Aria Pro Ⅱ=荒井貿易は日本では老舗の部類に入るギター・メーカーなのですが、個人的には”デザインがイマイチ感”が否めませんでした。それがどこでどうなってしまったのか…(笑)あくまで¥126,000の価格が前提ですが、このギターはお世辞抜きで『大傑作』だと思います。Gibson355と同サイズと思いますが、小ぶりボディはホールド感が良くサイズ的にも日本人向きです。マホガニー・ボディ、センターブロック、ストップ・テール、やや薄めのネックグリップにラッカー仕上げ、ペグのも「GOTOH」製になっています。フロントでトーン0での中音域の出音は何とも言えません。Ibanezのセミアコ”Ibanez-AS93”の出音より格段に良いです。。これでこの価格は実にお値打ちだと思います(!)。強いて言うなら”限定生産”なのでしょうか…。池袋、新宿、御茶ノ水と楽器店の店頭では殆ど見かけられません。セミアコは売れないので仕方ないのでしょうが、個体によってはGibson355といい勝負かも知れません。というより実質価格はほぼ半額なので、見栄で昨今のGibsonを買うことはないと思います(笑)。…右は流用させていただきました…

御茶ノ水・元太田姫稲荷社

020601御茶ノ水駅聖橋改札から道路を横断した所に出口専用臨時改札口があります。実はこの改札口を利用した事がありません。湯島聖堂やニコライ堂でイベントがある時や付近の大学の入試がある時などに使用されるのかと思っていましたが、それだけの為に存在するのも変な感じです。以前から気になっていたので調べてみたところ実に単純な理由でした。この御茶ノ水駅はお堀に添って中央線、総武線の上下線ホームがへばりつくように造られています。ホームの上には商店街、反対側はお堀でどうやっても駅拡張の余地はありません。朝の通勤通学時間は出口階段付近は人が溢れて危険なようです。そんな訳でこの改札口は土休日を除く08:00-09:00のみの臨時改札となっているようです。手前の気に”お札”などが付けられているのは、以前に紹介した「太田姫稲荷社」が昭和6年(1931年)に総武線の拡張工事により移転する以前には、この地に鎮座していたむねが記載されています。
「太田姫稲荷社」とは、太田道灌の娘が天然痘にかかったおり、天然痘に霊験のある一口稲荷神社(いもあらいいなり)に回復祈願したところ治癒したといいます。感謝した道灌は、一口稲荷神社を旧江戸城(道灌時代の江戸城)に勧誘して稲荷神社を築いています。

急な坂道・妻恋稲荷

012701012702文京区の妻恋稲荷は神田明神と蔵前橋通りをはさんで反対側に鎮座しています。周辺には急な坂道の多い場所で、ラブホテル立ち並ぶという”静かな”環境です。神社は”日本武尊が”東征途中で暴風雨に遭い、妃の弟橘姫が身を海に投げて海神を鎮め尊の一行を救った事件のち”日本武尊”がこの地に滞在。妃を慕われる心をあわれんだ住民により尊と妃を祀ったのが神社の始まりとあります。その後”稲荷明神(倉稲魂命)”を祀られ、江戸時代には「関東惣社・妻恋稲荷」と呼ばれ「王子稲荷」と並んで多くの参詣人で賑わっていたそうですが、現在では想像すらできません。神社では以前から正月の縁起物として木版刷りの「夢枕」が売られており縁起物となっていました。この版木は太平洋戦争の戦災で焼失したと思われていましたが、昭和52年に版木がみつかり幻の夢枕は再発売となったそうです。30年間の”空白”という事は、たいしたモノではなかったのでしょう。それにしてもこの湯島付近は都内でも屈指の急坂地帯です。地図やWebだけ見て出かけると坂の上り下りで豪い目に遭います(!)

寛永寺・徳川家霊廟

以前にも書きましたが、このような”品格のないお参り”は好ましいとは思いません。徳川家ご霊廟はあくまでも徳川宗家のものであって、徳川家に縁もゆかりもない人達が”興味本位”で出かけるのはどうかと思います。秘仏の特別ご開帳とは訳が違います…。

012901012902例年”上野の山文化ゾーンフェスティバル」”して秋の数日間だけ公開されていた上野野寛永寺・徳川家霊廟参拝が”事前申込制”により特別参拝”として行なれています。今回は徳川宗家による東日本大震災復興支援として理解をいただいているようです。こちらの上野・寛永寺の霊廟には1)厳有院・4代家綱公(いえつな)・死因不明・40歳没 2)常憲院・5代綱吉公(つなよし)・はしかによる窒息死・64歳没 3)有徳院・8代吉宗公(よしむね)・脳卒中・68歳没 4)10代家治公(いえはる)・脚気による・50歳没 5)11代家斉公(いえなり)・急性腹症・69歳没 6)温恭院殿・ 13代家定公(いえさだ)・脚気・35歳没…(13代御正室・天璋院殿・明治16年・49歳没・脳溢血)…6人の徳川将軍が眠っています。根本中堂で寛永寺のお話を聞いた後、徳川霊廟の内・5代綱吉公・8代吉宗公・13代家定公と正室・天璋院殿のお墓に参拝していきます。霊廟は外部からはうかがい知れませんが、ちょうどJR鶯谷駅のホームの上方にあたります。施錠された霊廟は荘厳な趣ですが、上野のお山名物・カラスのフンが目立ちます。

012903012904こちらは芝・増上寺の徳川家霊廟です。TVドラマ”江”の放映中は半年間公開されましたが、今年は以前のように4月上旬の限定公開のようです。増上寺霊廟には1)2代将軍秀忠公夫妻・胃がん 2)6代家宣公・インフルエンザ・25歳没 3)7代家継公・急性肺炎・8歳没  4)9代家重公・排尿障害・尿毒症・51歳没 5)12代家慶公・不明・61歳没 6)14代家茂公・脚気・20歳没、家茂夫人和宮(静寛院)。そのほか5代綱吉の生母・桂昌院、11代家斉の正室・広大院、13代家定の正室・天親院、計35名の将軍家ゆかりの子女が合祀されています。
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