旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2013年11月

稚内・ノシャップ岬

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日本海と宗谷湾を隔てる【ノシャップ岬/野寒布岬】です。根室の北海道最東端は【納沙布岬/のさっぷ岬】…アイヌ語の音に日本語を当て込んでの無理くりの漢字表記で読み方は似ているのですが…。この両岬を間違える人はいないでしょう(笑)。これだけ晴れているのも関わらず、雲が低くお目当ての「利尻島」は残念ながら見えません(!)。このモニュメントがある場所は恵山泊漁港公園でイルカのモニュメントが設置してあります。これはイルカが宗谷海峡を通過したという昔話に基づいているそうですが…。ノシャップ岬はアイヌ語でノッ・シャムと云い「岬が顎のように突き出たところ」・「波の砕ける場所」の2つの意味があるそうです。観光案内では”夕日の美しい景勝地として知られ、秀峰利尻富士や花の浮島礼文島を一望”とあります。
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1931年から工期5年間で建設された北防波堤ドームは、高さ約14m、長さ427m、柱の数は約700となっています。131024_02131024_03131024_04

稚内・JR稚内駅

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この写真は、現在の稚内駅です。2011年4月に再開発ビル(キタカラ)を含めての新装となっています。鉄道・バス・道路の交通施設、道の駅がこの駅舎に集約されています。写真は平日の17:00頃です。繁華街が「南稚内」のこともあり、駅付近でも人影も車もまばらです。他の地方から訪れた訪問者の勝手な言い分ではありますが、ここまでの駅を造る必要があったのでしょうか?
元々の稚内駅は1922年開業の現在の「南稚内駅」。開業の翌年に樺太まで就航する連絡船が開業、駅から乗船場までの距離が離れていたので、旅客の利便のために1928年に線路を延長しています。稚内港駅・稚内桟橋駅と微妙に異なる駅の位置関係の変遷を経て現在の形に落ち着きました。稚内の名所・北防波堤ドームはすぐ近くです。
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左)駅構内の「日本最北端の線路」の標柱です。云われてみれば、しごく当たり前です。
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稚内・稚内公園

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「稚内」までやって来ました。この写真の撮影時には大変な強風が吹いていました。それにしても夕暮れが早く、これでも16:00前です。稚内公園からは条件が良ければサハリンの島影がみえるのですが…。この『氷雪の門』は稚内を代表する作品で、遥か遠くになってしまった”樺太”への望郷の念と、樺太で亡くなったすべての日本人の慰霊の為に昭和38年に造られています。『九人の乙女の像』は1945年8月20日、樺太真岡へのソ連軍侵攻に際し、残留していた電話交換手の女性の9人が青酸カリなどを用い自決した事件から、彼女らを慰霊のため1963年に地元の樺太関係者と遺族の手によって『氷雪の門』とともに『九人の乙女の像』が建立されています。
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左・「皆さん これが最後です さようなら さようなら」と刻まれています…。
右・稚内公園からの市街地です。背の高い建物は稚内全日空ホテルです。
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