旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2015年11月

ブートCDの裏通り・33

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AmazonやHMVやTowerで普通に売られているので”ブート”ではないのでしょうが、限りなく「グレーなブツ」があります。特にこの”Real Gone Music”レーベルは笑ってしまうような内容です。アーティストの初期も初期のレコード8枚を基本4枚のCDに詰め込んでいるのですが、仕事中に聞き流すにはこれで充分でしょう。音も悪くなくお安いのが嬉しい限りです。Chet AtkinsなんかはVol1&2でLP16枚分、Towerのセールだったら1000~1200円です(笑)。HMVマルチバイの員数合わせとしても利用価値があります。これの上を行くPtのB.B KINGのBoxがありました(10枚組、2380円/1枚238円)。”Real Gone Music”の4枚組と同内容に各ボートラ付きと初CD化が1枚という内容です。この他にもUnionあたりではSRVやAllman’sアメリカのFM局での音源が聞いた事のないようなレーベルから次々と発表されています。ほとんど”LP盤おこしか放送音源”ってヤツですが、これはこれで”アリ”です。
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南青山・三河稲荷神社

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青山通りを青山霊園に向い赤坂消防署の手前あたりの奥まった地に鎮座しているのが【三河稲荷神社】です。コンパクトな敷地に鳥居、社殿、手水舎、勧請由来の碑がなどが並んでおり、神社入口から見ると社殿は90°の位置関係になっています。そんな訳でPtの撮影には厳しいモノがありました(苦笑)。由緒書きによると…三河稲荷神社は、天正19年に神田三河町へに移住してきた三河からの武士団が三河より奉遷して創建、後に神田三河町の屋敷が御用地になったため貞享年間(1680年頃)当地へ遷座したとあります。何とはなしに…。赤い柱の社殿が大きいようなきがします。正面の鳥居には「勧請四百年」の額があります。手水舎の屋根などはなかなか工夫に溢れています。
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常盤丸事件の碑

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常陸丸事件(ひたちまるじけん)とは、日露戦争中の明治37年6月15日玄界灘を航行中の陸軍輸送船3隻がロシアウラジオ艦隊の巡洋艦により、反撃の兵装も護衛の艦隊もなく一方的な攻撃を受け降伏拒否などにより撃沈させられた事件です。「常陸丸」事件は日本国内の世論を震撼させ、乗員の悲壮な行動は大日本帝国軍人の立派な最期として万世に伝えるべきということで、千鳥ヶ淵公園に「常陸丸殉難慰霊碑」が建てら、乗員の合同墓が「常陸丸殉難近衛後備隊将士之墓」として青山霊園に建てられています。千鳥ヶ淵公園の慰霊碑は一時は撤去されるものの昭和40年靖國神社境内に再建されています。Pt↑)
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「常陸丸」の戦死者は陸軍958名、海軍3名、乗組員130名の総計1,091名に達し、生存者は近衛歩兵第一連隊本部の96名、第十師団糧食一縦列32名、海軍関係者1名、各種乗組員18名の計147名とされています。国民の非難は日本海の警備を担当していた上村中将率いる第二艦隊にも向けられ、事件から二か月後の8月14日の蔚山沖海戦でウラジオ艦隊を壊滅されるまで続いたようです。Pt↑)青山霊園内「常陸丸殉難近衛後備隊将士之墓」です。
丸腰の輸送船や病院船が攻撃されるのは後の大戦では多発しています。この事件は明治の日本人が経験したことのない事件だったのでしょう。

青山霊園・廣瀬武夫中佐

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Ptは青山霊園の【軍神・廣瀬武夫少佐(特進して中佐)】の墓所です。墓石には「海軍中佐贈正四位廣瀬武夫墓」とあります。明治37年の日露戦争時、大日本帝国海軍は旅順港のロシア旅順艦隊を湾内に封じ込める為、三次にわたって湾口に廃船を沈めて旅順港海上封鎖作戦(閉塞作戦)を企てました。3月27日の第二次閉塞作戦は廣瀬少佐の指揮の元に実行され、廣瀬少佐、杉野兵曹長他計4名が戦死。失敗に終っています。廣瀬少佐は作戦撤退時に行方不明の杉野兵曹長を捜索している時にロシアの砲弾をまともに、受け消し飛んでしまいました。明治37年4月5日に”肉片”が日本に帰ってきます。大雨の東京・新橋駅は在京の海軍軍人や市民の出迎えで大変な騒ぎになりました。
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廣瀬少佐は戦死後”中佐”に特別昇進し「軍神」として崇められるようになります。中佐に関する歌も作られ、文部省唱歌『廣瀬中佐』の♪~轟く砲音(つつおと)、飛来る弾丸(だんがん)。荒波洗ふ デッキの上に、闇を貫く 中佐の叫び。「杉野は何処(いずこ)、杉野は居ずや」~♪がよく知られています。Pt↑)は靖國神社参道大灯篭に埋め込まれた”旅順港閉塞作戦時”のレリーフで富國徴兵保険(現フコク生命)が昭和10年に奉納したものです。この他にも神門に向かって右が海軍、左が陸軍の”名場面のレリーフが造られています。


世継稲荷神社と築土神社

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千代田区九段北の「築土神社」と「世継稲荷神社」です。この二社は同じ敷地内にあります。「世継稲荷神社」は嘉吉元年(1441)に創建された稲荷社で、この付近一帯が”田安郷”と呼ばれたことから「田安稲荷」と称されていました。2代将軍の秀忠公が参詣したおり、橙の木があるのを見て「代々世を継ぎ栄える宮」と称賛したことから「世継稲荷」となったようです。徳川・田安家の鎮守神としても崇拝され、文久2年(1862)には14代将軍家茂公の正室である和宮が子宝を願って参詣しています。どう見ても世継稲荷神社より築土神社の方が立派なのですが…。
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「築土神社」は10世紀前半頃のクーデーター事件の首謀者『平将門』伝承に由来し、太田道灌が造営し、その後は現九段坂上、現JR飯田橋駅付近、新宿区筑土八幡町へと移転し続け、昭和29年に「世継稲荷神社」の敷地内へ移転してきています。これだけ移転を繰り返しても廃絶にならないのはそれだけの”理由”があったのしょうか?九段坂を靖國神社へ向う途中に「築土神社」の社が見えるのですが、とても現代的な造りとなっています。
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青山霊園の例外

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青山霊園の道すがらに神宮外苑銀杏並木に寄ってみました。2015.11.15ではこんな感じの色づきです。この銀杏並木は、約300の9mに間隔で雄木44本、雌木102本の計146本が青山通り方面から見ると、絵画館が遠方に見えるように遠近法をもちいて植えてあります。 Pt↑)ですが、行列は人達は銀杏見物ではなく約50m左から右前方の黒い車辺りを最後尾として”日本初上陸の某ハンバーガーショップ”に並ぶ人達です。100円何たらなんて企画の挙句、学生(子供)と貧乏人の溜まり場と化した某チェーンには更なる強敵出現です。
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さて青山霊園ですが…、日本初の公営墓地で現在は東京都の所管で、約26万㎡の敷地に12万人以上が埋葬されています。明治維新の功労者、文学者、科学者、芸術家、政治家、川原乞食の墓所があるのですが、観光地ではないので懇切丁寧な地図も案内もありません。Pt)の『大久保利通』の墓はかなり立派です。…大久保は全身に16箇所の傷を受け半数は頭部に集中し、首に突き刺された刀は地面にまで貫通していた。「肉飛び骨砕け、又頭蓋裂けて脳の猶微動するを見る」と事件直後に前島密は表現しています(満47歳没)…。かなり憎まれていたのでしょう。
青山霊園は”人”以外の埋葬は禁じられています。例外的には、大久保利通墓所には事件の折に巻き添えになった「馭者・中村太郎」と「馬」・Pt↓上)が敷地内に葬られています。もう一例は「忠犬ハチ公」…ハチ自身は剥製となり上野科学博物館に展示されていますが…飼い主の上野英三郎博士の墓所・Pt↓中)に"忠犬ハチ公の碑”が建てられています。
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ブートCDの裏通り・32

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3週間も経過したので忘れられたかと思っていたのですが「The Rolling Stones Live At The TOKYO・Dome 1990」の交換ディスクがワードレコーズから到着しました。一般の方には当然判らないでしょうが、Stonesの初来日コンサートの映像と同音源(CD)がセットされたブツです。どちらもブートの世界では再発を繰り返しているので、正規盤として発売されたのが驚き(やや)という映像&音源です。これがなんと爆笑モンの大チョンボをやらかしてくれました。発売日の10/14に届いたCDを早速聴くと、右から聴こえるはずの楽器が左から聞こえてきます。なんとチャンネルの位相を左右間違えて作っちゃったんですねぇ(笑)。
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まぁまぁそれからが大変で…。どなたさんかが厳重抗議をしたのでしょう。ワードレコーズも諦めよく交換ディスクをプレス、11/23より暫時発送、ようやく到着の運びとなりました。ただでさえ”コアなファン”の多いStonesですから致しかたないでしょう。それにしても制作担当は誰も気が付かなかったんですかねぇ(?)。ブート制作担当のほうが余程しっかりしているのではという妙な現象となりましたね。うるさいマニアむけですからブートの制作は慎重になりますわなぁ。
昔、Dバンドの”Live In Japan”が日本制作盤と数年後の拡大英国制作盤のGの立ち位置が逆という事がありました。この時は「ステージ側から見るか、客席側から見るかの違い」で誤魔化されましたが、今回もその手で居直ればよかったような…。考えてみれば”チャンネルの逆転”なんて話はブートの世界では珍しいことではありませんね。ワードレコーズさん。クレーム処理に手間暇のかかる作業と余計な出費、ご愁傷さまです。

新千歳空港の怪

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本来なら「旭山記念公園」でこの項は終了なのですが、あまりに馬鹿馬鹿しくて呆れたので追加です(笑)。Ptは新千歳空港国内線ターミナルビルにある『新千歳空港温泉』です。2011年”万葉湯”の系列として開業、2014年からは『新千歳空港温泉』として営業となっています。正直まったく存じ上げない施設です。”万葉の湯”となれば殆どが”地下噴出温泉”ではないのですが、こちらも支笏湖温泉から運んできているようです。つまり注意しないと湯冷めをおこす珍しい温泉なのです。それにしても一体どなたが利用するのでしょうか?…旅の始まり、終わりに、最高のリラックスとリフレッシュ…そんな余裕のある観光客やビジネス客がいるんでしょうかねぇ(!)。…深夜料金加算で朝まで仮眠室でゆっくり…なに言っているんでしょうねっ。ホテル代をケチっても虎や熊も逃げ出す”いびきの大合唱”のなかでゆっくり休める訳ありません。これからの季節、吹雪で便欠航時なら役立ちそうですが…。
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さらにあきれたのがPt↑です。飲食施設が増えたのはよいのですが、この『グルメ・ワールド』と称する区画には洋食・中華が6軒、北海道料理・和食が12軒、ラーメン店が10軒(!)。これで『グルメ・ワールド』ですから、『ラーメンをグルメと言い切ってしまう』という何とも大胆なネーミングですね。他にも100円ショップのDAISO100や映画館まであり、まるでIONNのショッピングセンター並みです。空港のイメージを脱却したとでもいいたいのでしょうが、あまりの”なんでもアリ”にはあきれ返ってしまいます。 北海道の方は北海道日本ハムファイターズ、コンサドーレ札幌、Air Doと道内の企業に対しての思い入れが強いようです。これってなんなんでしょうね(?)
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旭山記念公園・2015

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昨年の11/14付の記事で『来年もまたこの季節に来れるといいのですが…』とあるのですが、今年の秋の締めくくりも『旭山記念公園』です。今回は日程中の天候に恵まれず、雪・曇天・雨&適度の晴れと良い条件ではありませんでした。さらに、この季節の北海道は日没が早く、夏時間より90分以上違います。まぁこればかりはどうしようもありませんが…。Pt↑)の旭山記念公園からの展望は雨こそ降っていませんが完全曇天でした。
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Pt↓)に「旭山記念公園の由来」の碑があります。昭和43年札幌市創建百年を記念して総工費1億5千万円・5年の年月をかけてこの公園は完成しています。旭山地区近辺は札幌でも屈指の高級住宅街なのですが、さすがにこの傾斜では宅地に向かなかったのでしょう。山頂展望台は海抜135.5mあり、札幌の中心街の街並みが一望できます。札幌絶景夜景ポイントとしては「藻岩山展望台」も有名ですが、こちらは例によって「恋人の聖地」となっています。そういえばこの旭山記念公園近辺に「羆」が出没して騒動になったのは何年前だったでしょうか…?
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北大・銀杏並木・2015

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”北海道大学・銀杏並木”、今年もこの季節です。気のせいか昨年より色づきがイマイチの様な感じです。曇り空ですがこれでも16:00前です。端境期なのでしょうか(?)中・韓・台・泰の方々が少ないようです。紅葉も一段落、雪の季節でもない10月下旬からは観光需要が落ち込む季節なのですが。
あららなのは…。北大構内の「北海道大学総合博物館」が平成28年7月までの予定で耐震改修工事のため休館となっていました。1929年完成の建物なので、さもありなんと思いますが、あの校舎独特の雰囲気が残ってくれればと期待します。
北大といえば、北海道帝國大学の初代教頭”ウィリアム・S・クラーク博士”です。実際の在職期間はわずか9ヵ月とあまりに短期間です。帰国後は鉱山経営に失敗し59歳で亡くなっています。博士の銅像にしても北大(Pt)や羊ケ丘が有名ですが、他にも札幌市内に多数あるのは意外と知られていません。
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北海道代表のセコマ

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セイコーマート(Seicomart)…北海道では略して「セコマ」…と聞いて反応するのは北海道在住の方と埼玉&茨城県の一部地域の方だけでしょう。HPによると2015年9月末で北海道1075店。関東地区97店の計1172店の店舗数だそうです。セイコーマートにセイコーは”大成功”のセイコーと創業者の「西尾長光氏」の”西と光”と聞くと笑いを隠せません。ともかく道内の多くの街に出店しています。商品内容も他の7とかローと異なりお弁当や揚げ物は店舗で調理しているなど、金太郎飴的な大手コンビニとは違った独自な販売展開をしています。今回もあちらこちの街でお世話になりました。特にリンゴジュース&オレンジジュースはお気に入りで”北海道に来ている”という感慨があります(苦笑)。
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という事で、今回は会員登録までしてしまいました。無料ですからまぁ記念なのですが、面白いことに会員カードが大小2枚で1セットになっており、どちらからでもポイント加算ができるようになっています。2人がかりでポイントが集められるという事ですね。小さい方は携帯ストラップに付けられます。
札幌の中心街ではローソンが目立つのですが、このセコマは結構面白いですよっ。

芦別・三段の滝

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富良野から札幌へは夕張国道(452号線)を走りました。休憩がてら立寄ったのが「芦別三段の滝」です。北海道ではこのような急流地形は珍しくはないのですが、雨上がりで流れが増水していて迫力充分です。河岸段丘の様な地形ですが、堅い岩盤が地殻変動でずれて河床が階段状になり、落差10m、幅7m滝を構成しているようです。「芦別市」といわれても、嘗て石炭産業で賑わった街としか知りません。あとは…。80年代だったと思うのですが…。「芦別レジャーランド」というヘルスセンター的で宿泊施設が”五重の塔”という摩訶不思議な観光施設がありました。…【言葉の障害なくいとも容易に外国人女性と即座に仲良くなれる】…というのがウリだった様な違ったような…(笑い)
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富良野の幻想

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滞在中の富良野は土砂降りの雨でした。富良野らしい写真を撮りたかったのですが、札幌へ向かう時刻になってのようやくの晴れ間です。観光の仕事の携わって来た人間の言う事ではありませんが、北海道でも富良野地区(&ニセコ地区)ほど俗化した場所はないでしょうね。遥か昔の「伝説のTVドラマの地」として名前は全国区となり、”映像の確認”に訪れる観光客で賑うようになったのは地元にとって喜ばしいことです。それにしても訳の判らない観光施設が増殖しています。絶景カフェ&レストラン、パン工房なんてのはまだマシなほうで”フラノマルシェ”なんて言われると困惑してしまいます。「富良野地産市場」では何故おけないのでしょうか?オルゴールや人形館なんて施設は必然性すらなく、温泉街のエロ秘宝館とたいして変わりません。
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これらのPtには、富良野らしさはまったくありません(苦笑)。実際のところ、富良野の盆地が賑わうあのラベンダーの景色にしたって遠くから見る映像はカラフルで見事ですが、花畑まで行くと妙な臭いが漂うわ、妙な小虫が大量に飛んでいるわで、幻想はたちまち崩れ果てます。そしてその季節は、免許初心者の交通事故の増加などど笑えない現象も増えてしまいました。そんなもんです(笑)。
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Ptは雨雲がきれて間もない中富良野の「スパ&ホテルリゾートふらのラテール」というホテルです。日帰り温泉が併設されていて(入浴料¥980タオル付)です。結局は温泉で雨宿りでした。意外にもお勧めのホテルですねっ。富良野スキー場近辺の”カタカナ名ホテル”やお粗末の極みの”●リンスホテル”よりも格段にお勧めです。隣がホームセンターでともかく地方ならではで駐車場が巨大です。

あっ驚く旭川駅

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北海道内でJR北海道を利用するのは千歳空港⇔札幌くらいしかありません。道内を観光バスで走る仕事では旭川には何度も来ていましたが、旭川駅に立ったのは大学生以来かも知れません。地方のショボイ動物園が超有名動物園に化けた街ですから、これぐらいは当然かも知れませが、この駅舎は道内ローカル空港を超えるほどの建物(IEONが併設)になっていました。それでも旭川⇒札幌はJR特急で1時間25分(¥4290)。特急バスだと2時間8分(¥2060)ですから、どう考えてもJRの不利は否めませんなっ。
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旭川駅付近では「山頭火」・「青葉」とこの「梅光軒」が人気のラーメン店だそうです。当ブログでは素人ラーメン評論家や研究家を差しおいて「スープがどうの」、「麺がどうの」と言及したことは一度もありませんが、そのような話はそちら方面の方に任せます。最近は札幌駅前エスタのら~めん共和国や新千歳空港の北海道ラーメン王国などのラーメンテーマ・パーク的施設が増えています。どんなもんなんでしょうねぇ(苦笑)。多くの店の店員がバンダナを頭に巻いて黒のTシャツ姿とはなんか笑えます。Ptの店舗の新千歳空港店は接客マニュアルなのでしょうが”元気・活気”と”騒々しい=ウルサイ”を取り違えていて、不愉快な店でした(怒)。 まぁ二度とはいきませんが…(笑)。
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凍てつく層雲峡

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層雲峡の渓谷は、国道39号線を石狩川に添って「柱状節理」と呼ばれる巨大な岩盤が続きます。「天城岩」や「神削壁」などと名付けられたダイナミックな光景は3万年前の大雪山の活動により形成されたもので、高さ200m前後の断崖はまさに神が造成したようです。遥か断崖上方から落ちる2本の滝は、流星の滝(雄滝/落差90m)、銀河の滝(雌滝/落差104m)で、別名”夫婦滝”ともいわれ「日本の滝百選」にも選ばれた層雲峡を象徴する滝です。
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それがまぁ、Ptのように凍り付いています(笑)。積雪こそ少ないのですが、とにもかくにも寒い場所です。
層雲峡は常に崖崩れの危険と隣り合わせの場所で、長い年月をかけ断崖にトンネルを貫通させる工事が続けられてきました。結果、昔の層雲峡渓谷の景観とまるで変ってしまいました。空が見えないほどの柱状節理が迫る崖下をバスで通った「大函」や「小函」は国道からは見られません。今は駐車場として使われている旧道から徒歩という事になります。層雲峡の景観はここ数十年で北海道で一番変わった場所かも知れません。
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上士幌町・三国峠

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上士幌町…?三国峠…?聴き慣れない地名だと思います。観光ツアーでは殆ど通らない町(峠)です。帯広から層雲峡方面に向かい、糠平(ぬかびら)温泉…糠平の「糠/ヌカ」の文字は、ほとんどに印刷屋は「糖/トウ」と誤植してきたものです…を抜けて原生林を層雲峡へと続く国道です。今回はこの国道を40年振りに走りたかったのが目的でした。40数年前には”ヤング北海道ツアー”…なんて企画商品がありまして…。東京からフェリーで早朝に苫小牧港に到着。観光バスに乗換えて200km先のえりも岬で昼食、黄金道路、幸福・愛国駅、帯広を経て十勝川温泉ではなく、さらに山奥の糠平温泉(計約380km)で宿泊。翌朝未舗装の山道を層雲峡へ…。いやはやとんでもないツアーがあったものです(苦笑)。当時としては破格のツアー価格で、ヤングツアーのわりには年配者が多かったような記憶があります…。それから40数年。ついぞ通ることはありませんでした。三国峠は北海道の国道で最も標高が高い峠(1139m)なのです。昔は原生林のなかをひたすら走ったような記憶ですが、舗装工事が平成6年(1994)に完成、通年通行が可能な観光道路となっていました。
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旧広尾線・幸福駅

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私らが大学生の頃、大きなリュックサックを背負って北海道を旅する若者はその姿から『カニ族』と呼ばれていました。そのカニ族達から広まったのが「幸福駅」伝承なのです。後年それがとんでもないブームとなりました(調べたら1973年頃です)。駅名は明治年間の福井県からの入植者に由来するのですが…。=♪幸福行きを2枚ください~♪=という歌詞の『愛の国から幸福へ』なんて歌も作られました。愛国から幸福”はその後の。”ごろ合わせ切符ブーム”の先駆でした。当時も幸福駅は無人駅だったので、帯広寄りの愛国駅に観光バスを乗り付けてブームの片棒を担いだのも懐かしい記憶です。広尾線は1987年に廃止となっていますが、幸福駅は現在も記念公園として姿を留めていました。驚くことにはここにも中国(台湾)バッタが来ていました(苦笑)。
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どこぞのTVクルーが紅葉の撮影をしていました。女性が持っているのは一般観光客の記念撮影用のプレートです。何をするのかと思えば木を煽いで落葉を演出しようと試みていました。こいつらは”やらせ”なんかなんとも思っていないのでしょう。ある意味中国バッタと同類です。駅舎は再建されたものです。当時は使用済み定期券や名詞などがビッシリと貼られていました
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豊似湖・ハート型の湖

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どこの馬鹿モノが言い出したのか(苦笑)。帯広空港発の航空機が襟裳上空を飛ぶ際、原生林のなかに”ハート型”の湖が見えます。札幌のお菓子屋のCMにも使われて有名ですが…。そうなるとハート型の湖⇒恋人たち聖地と言い出す大馬鹿モノが登場します。某J●Bでは5分間ヘリを飛ばし上空から湖を見るという馬鹿げた企画で大失敗したようですが、あたりまえでしょう(笑)。豊似湖は氷河期の生き残り「ナキウサギ」の生息地いわば”聖地”なのです。湖へはエリモ町目黒地区から林道を30分入ります。この道は完全にダートで、落ち葉の季節は路肩もわからず対向車が来たらアウトです。車を止め車外へ出ると”獣ヘン”の臭いが…。羆、鹿、狐やらが覗っているようです。ガレ場を200mほど登ると豊似湖です。当然ですが地上からではハート型には見えません。先客の動物マメラマンと話していると、なんとガレ場にナキウサギ君が登場するわ、シマリス氏が足元を駆け抜けるわで、こんなに簡単に幻の「ナキウサギ君」が見れるとは思いませんでした。小ぶりなイタチといった感じです。さらには”ハートの湖”の信奉者までが1組…。馬鹿ですねぇ(笑)。
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