旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2016年03月

皇居乾通り公開…2016春

160330_05
★3/31の早朝に発表があり「乾通り公開」は4/3(日)までの期間延長となりました。
桜の開花は実に難しいものです(苦笑)。皇居乾通り公開2014年春は4/4~4/8だったのですが(2015春は開催なし)この時の桜花は盛りが過ぎていました。今年は今年で東京の開花宣言以降に低温の日が続き、結果として今日まで”満開に至らず”と云う事になったようです。こればかりはどうにもならないのですが…。そんな理由もあるのでしょうが、今年は坂下門前大混雑という現象もなく順調に観られたようです。Pt1)並び始めから坂下門を抜けるまで約15分。昔を思い返せば驚きです。Pt2)道灌堀と桜…乾通り屈指の見事な桜なのですが、満開はまだです。Pt3)西桔橋分岐から乾門までが桜の本数が多いのですが、狐坂経由天守台へ向かう人が多いような…。Pt4)兎にも角にも乾門から退出です。また2年後の春にという事で…。
160330_02160330_03160330_04

江戸城外堀跡

160329_01
Ptの石垣は”文部科学省構内”に残る江戸城外堀の一部です。地下鉄銀座線虎ノ門駅から新庁舎へ向かう連絡通路にある展示コーナーは、文部科学省(中央合同庁舎7号館)建設の際の発掘成果をもとに寛永13年(1636年頃)の江戸幕府が全国の大名を動員して築いた石垣が再現保存されています。
地下鉄連絡から地上に上がる途中のホール(エスカレーターを使用すると通りすぎます)には石垣の構造、産地、江戸城総構えの解説案内が設けられています。さほどの広さはないもののコンパクトかつ適切な案内展示となっており、知識としてはこれで宜しいと思われます。
160329_02160329_03160329_04

京橋・警察博物館

160323_01
中央区京橋3丁目の『警察博物館』です。この項を掲載しようか否か迷ったのですが…。なんとこの警察博物館はリニューアル工事のため平成28年4月1日から約1年間休館となります。所在地は変わらず館内のリニューアルとの事ですが、あと数日で休業とは笑うしかありません。
1階のフロァ(撮影OK)には珍しいバイクが展示してあります。ホンダのゴールド・ウィングの側車仕上(サイドカー)の白バイ、逆輸入車です。皇宮警察も側車仕上(市販車と姿が異なるゴールド・ウィング改)を保有していますが皇宮の車両は”真っ黒の黒バイ”です。Pt↓)の黒バイは”ハーレー・ダビッソン”の儀仗用の側車仕上です。警察車両マニア(いるのかしら…?)にはたまらない車両です。
160323_03160323_04160323_02

新宿の箱根山

160320_01
山手線内で一番標高が高いとされる箱根山(44.6m)です。江戸時代は尾張徳川家の下屋敷で全体で東京ドームの10倍の広さがありました。尾張二代藩主・光友が、元禄年間に「戸山荘」という江戸屈指の日本庭園を造り庭園内の池を掘った土で築いたのがこの”山”だそうです。尾張様はこの広大な庭園内に”小田原宿”を原寸で造り「疑似宿場町遊び」を楽しんだというのですから…。そして箱根山(!)とは…。”遊び”の範疇を超えています。
1873年(明治6年)明治政府はこの地に「陸軍戸山学校」を開設しています。恐らくはその記憶なのでしょうが、園内のある幼稚園を併設した教会には似つかわしくないような構造物が残っています。この地は1932年(昭和7年)には「石井四郎…最終階級は陸軍軍医中将」により「防疫研究室」が新設され、後の関東軍防衛給水部本部・通称731部隊に発展していきます。そんなことから「箱根山」は都内有数の心霊スポットなんだそうです。
・PT↓)低い山を山らしく撮るのは困難です(苦笑)。・山頂の水準点には標高44.6mとあります。・教会の建物の一部は軍隊の施設のようです。現在でも戸山公園は広いので「箱根山」に目指すには東京メトロ副都心線「西早稲田」下車が最寄です。
160320_02160320_03160320_04

東京地下鉄上野検車区

160317_01
かなり以前の漫才ネタに「地下鉄車輛は何処から入れるの~夜も眠れないっ」というのがありましたが、答えは”ここ”です(笑)。地下鉄銀座線の上野検車区は台東区役所の裏手、東上野4丁目にあります。メトロ上野駅から分岐線を進んだ電車は地上に出て”なんと”公道を横切り車両基地へ進んでいきます。
実は”東京の貧民街・下谷万年町”を探していたのですが、Pt↑)の車両が並んでいるあたりが「旧万年町1丁目」で、この先奥方向へ2丁目と続きます。日清戦争直後には3800人(男2000人)が住んだとスラム街の跡地のようです。「万年町にては2丁目醜穢(しゅうわい)甚だしく、家業は・人足・日傭取・人力車夫に次いで屑拾いすこぶる多し。むしろ万年町の特色なりと言うを得べき」と紹介されています。
Pt↓)ここから車両は地上へ出てきます。→公道の踏切を渡って、この先が検車区です。→上野検車区の外壁、かなり広い敷地のようです。
160317_02160317_03160317_04

中仙道・板橋宿…裏

160312_12
昭和5年(1930年)に発覚した「板橋貰い子殺し事件」は、当時東京最後の極貧街と云われた、この近辺「岩の坂地区/現板橋本町・坂町商店街」でおこっています。=事情があって子供を育てられない子供を貰い、子供を殺して養育費(持参金)を着服するという事件で、真相は不明な部分もありますが、1年で41人が殺害された事件です。=。「岩の坂」という地名は「本町」と変わり、貧民街であった記憶はなにも残っていません。Pt↓)の本を読まなければ知ることもなかったでしょう。なにより驚くのは、ほんの数十年前の出来事という事です。
【貧民の帝都】…塩見鮮一郎/文春新書、【東京の下層社会】…紀田純一郎/ちくま学芸文庫、【日本の下層社会】…横田源之助/岩波文庫。
絵馬は「縁切榎」の”別れさせて祈願”の絵馬、殆どが呪詛の言葉に満ちています。恐ろしい風景です…。
160312_10160312_09160312_08

中仙道・板橋宿…表

160312_02
「板橋宿&旧中仙道」のイメージで訪れるとガッカリします。”それらしきもの”は殆どありません(苦笑)。驚くのはやたら自転車が多い事です。江戸時代は、上宿・仲宿・下宿の総称が「板橋宿」と呼ばれていました。千住、新宿、品川の規模はないものの、150人もの「飯盛女」が置かれ繁栄していました。明治時代の”街道”から”鉄道”への時代変化に適応できずに板橋宿は衰退、「板橋遊郭」へと変貌して行きます。繁栄は昭和中期まで続くのですが、明治17年の大火で板橋宿の大半が焼失、焼け跡に集まった人達(600世帯・2500人?)が暮らす「東京最後の貧民街」を形成するようになります。Pt↑)は地名”板橋”の由来となった石神井川に架かる橋です。橋を渡ったゆるい上り坂からが「本町・坂町商店街」で「旧岩の坂地区」となるようです。中のPt)は 真言宗豊山派の文殊院。「三ノ輪の浄閑寺」と同様に死んだ遊女の投込み寺で、墓地には遊女の墓があります。
160312_03160312_04160312_07

ブートCDの裏通り・38

160311_10
東京の某チェーン店舗やAmazonやHMVのWeb通販では「良く判らないCD」が増えています。ブートとは異なり正規盤(らしい)ですが、実際のところ”西新宿某店舗のギフトCD”と変わらない(以下)のブツ混じっているので、注意です(!)と云っても無理な話ですが…(笑)。Pt↑)はAmazon通販での”The Beach Boys”のFM音源です。左は1985年のアメリカ独立記念日のコンサートでデニス・ウィルソンが事故で死んでバンド建て直しのためブライアン・ウィルソンが復帰しています。右は1971年のFillmore Eastで”人気低迷のBeach Boysが”Grateful Dead"と共演してバカ受けしたコンサートです。彼らの伝記映像ではその一部が見られるのですが、音源は初めてでしょう。しかしながら…。音質はFM音源としては両CDとも最悪です。
160311_03
Pt↑)はなんと”Little Feat”の1978.07.08中野サンプラザ公演のFM放送音源です。右はグレート義太夫ならぬスライドギターの名手「ローエル・ジョージ」で、この日本公演の後、ローエル・ジョージはLittle Featを脱退、翌1979年に心臓発作(薬物)で死亡したので、ローエル・ジョージを擁した唯一の日本公演です。現在も40年以上現役な「世紀の変態バンド」の全盛期(?)の音源が登場(!)それもFM放送音源とは驚きです。
他には…。”Stevie Ray Vaughan”のFM(?)音源や"Chicago”なんかも…。数でいったら”Allman Brothers Band”でしょう。発売レーベルやジャケやタイトルが異っていても、音源内容は同じなんてのもあり注意が必要です。この辺りはブートで鍛えた身にはなんでもない事ですが(笑)。
160311_02160311_04160311_05

賑わいの築地市場

160301_02
11月の築地市場の移転、カウントダウン開始という事でメディアの露出が多くなりました。行列など見たことのないパン屋も大行列は「タレントがTVで紹介」だそうです(笑)。再々ですが一般の店が並ぶ場外市場は移転しません。形態は変わっても「築地ブランド」は残ります。移転対象はPtの東京都の施設だけが2.3㌔先の「豊洲」に移転します。隅田川に架かる橋は完成していて市場施設を退かさないと道路が開通できません。道路が完成するまでは「豊洲市場」は大変不便な所となってしまいます。バス、地下鉄、自転車、徒歩で市場通いの小売り業者さん達には難行となるでしょうねっ。聞くところによると仲買いさんの家賃が面積が狭くなって現行の倍になるようです。経費は上がる、新天地での商売は不安…。難問が多いようです。
160301_01160301_03160301_04

浜松町駅・金杉橋口

160307_01
浜松町駅・金杉橋口を出ると港区浜松町2丁目です。この辺りが明治年間に当時の東京市の代表的な貧民街(スラム街)が存在した「芝新網町」なのです。明治30年(1897)の調査では下谷万年町(現上野駅近辺)が875戸、四谷鮫河橋谷町(赤坂離宮そば)が1370戸、芝新網町で532戸の貧民長屋があったそうですが、多くの貧民街は関東大震災で壊滅しいまはその面影すらありません。
浜松町2丁目9には「讃岐・小白稲荷神社」が鎮座しています。讃岐稲荷社は四国の高松藩松平家下屋敷にあった社で、小白稲荷神社は昭和13年頃に芝湊町から移って来た社とあり貧民街とは関係がなさそうです。神社の塀Pt↓)に「明治座」・「神明芸妓組合」やら「鶴田浩二」・「伴純三郎」の名前が見えます。他にも「㈱芸映」や「銀座おそめ」、「神明三業地組合」なども…。どんな関係なのでしょうか?
Pt↓)3枚目は上野駅歩道橋から仏壇街・浅草方面です。ここを左に進んだ辺りが「下谷万年町」なのですが…。
160307_02160307_03160307_04

小便小僧の浜松町駅

160302_01
東海道本線(?)浜松町駅といえば「小便小僧」です。Ptを撮影日は「春の火災予防運動」の幟をしょって「消防士」のコスプレでした(笑)。1952年(昭和27年)の鉄道開通80周年記念に当時の駅長と嘱託歯科医のアイディアで寄贈されたものです。よく見ると「小便小僧」のでるものが出ていません。
これでは「小便小僧」ではなく「露出狂の変態小僧」です。いいんでしょうかねぇ(笑)。ホームの「小便小僧」は有名ですが、階上改札口正面壁面にはタイル張りの「小便小僧」。 不思議な金杉橋方面階段付近にも「小便小僧」のプレートがあります。「小便小僧」以外に浜松町駅のウリは…無いようです。
浜松町駅は開業こそ1909年(明治42年)ですが、明治時代には駅近くにの芝新網町(現浜松町2丁目近辺)には東京を代表する貧民街がありました。ということは…。芝新網町方面出口(Pt↓)があまりにもショボイのはそんな事情もあるのでしょうか?
160302_02160302_03160302_04

汽笛一声新橋を…続

160228_02
鉄道創業時の始発駅は「新橋停車場」で、現在の新橋駅は1909年(明治42年)に日本初の高架駅の「烏森駅」として開業、1914年(大正3年)の東京駅開業時に「新橋駅」と駅名を変更しています。以前20年ほど通勤駅として利用していたのですが…。「ゆりかもめ」の開業や某TV局が移転などで場外馬券のオヤジ達しかいなかった休日の駅付近にファミリー層が溢れています。考えられない思いです(苦笑)
新橋構内には歴史のある駅ならではの記憶が残っています。前項で触れた「鉄道唱歌の碑」…横須賀線直行運転記念(1976年)のD51機関車の動輪。Pt↑)はレールを利用してホームの構造物(ともかく汚れまくりの梁)。Pt↓)は明治41年製造の「烏森駅」の鉄柱なんてのも残っています。新橋を象徴するお馴染みのC11-292号機は、鉄道100年を記念して1972年(昭和47年)に設置されたものです。
160228_03160228_01160228_04

汽笛一声新橋を…壱

160227_01
Pt↑)が♪汽笛一声新橋を~♪の「鉄道唱歌」に登場する旧新橋駅です。「鉄道唱歌」は全6集・374番(一説には全7集・399番)というとんでもなく長い歌です。1872年(明治5年)に新橋~横浜間に日本初の鉄道が開業した時の始発駅が旧新橋駅(新橋停車場)で、後に東京駅開設に伴い造られた「烏森駅」が「新橋駅」と改称され、旧新橋駅は貨物駅の「汐留駅」となりました。その後、長い間貨物駅構内として立ち入れなかったのですが、1965年(昭和40年)に「旧新橋横浜間鉄道創設起点跡」として国の史跡に指定され、2003年(平成15年)には開業当時の駅舎を再現した「旧新橋停車場」Pt↑)が建てられています。
当初は鉄道は新橋駅がターミナル(終着駅)として造られ、路線を上野まで延長するのに銀座経由にすると用地買収やらで費用がかかりすぎるので現路線となったのでしょう。因みに「鉄道唱歌」の歌碑(隣は横須賀線開通記念碑)は現新橋駅前にあります。
160227_02160227_03160227_04
月別アーカイブ
  • ライブドアブログ