旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2016年08月

東向島・東武博物館

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さいたま市の鉄道博物館の次項目としてはどうかと思うのですが、墨田区東向島の「東武博物館」です。東武鉄道創立90周年記念事業として平成元年(1989年)5月のオープン、東武鉄道で使われた各種の車両やバス、運転シュミレッターや東武鉄道の社歴の展示されています。入館料は鉄博1000円/大人に対して200円/大人と安く、東武伊勢崎線東向島駅(普通しか停まりません)高架下と便は良く(?)名勝「向島百花園」まで徒歩7分の地の利ですが…。
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正直、この施設は社歴90年を超す関東の大手私鉄企業の博物館にはとても思えません。客層を”乳母車の家族連れ”に想定しているのか車輛やその他の展示内容はお粗末です。まぁ東武のやることですから(笑)。東武鉄道には1㎝の思い入れはありませんが、スクラップ程度の車両、出来の悪いジオラマ模型等々。博物館としてのレベルの低さには逆に感心してしまいます。良い点を探してみると…。館内が空いていることでしょう。運転シュミレッターに長蛇の列もなく楽しめるのが唯一の利点ですかね(笑)。
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鉄道博物館…(3)

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さいたま市は浦和・大宮・与野・岩槻市が合併した市なので年配者には「鉄道の街/大宮」の方がピンと来ます。大宮駅から「埼玉新都市交通」なる三セクに乗換えて1駅(¥190)「鉄道博物館駅」で下車。改札から鉄博入口までの通路にもチョットした工夫がされていますが、気が付きますかねぇ?
鉄博の敷地は思いの外広大です、展示室や屋外にも実列車が何気に置いてあるのですから、当然と云えば当然です。入館者は乳母車幼児連れの家族が圧倒的ですが、この連中とは興味の指向が違いますから良い大人でも充分に楽しめます。Pt↓)ゲート入ってすぐのレストランと隣の売店は常に混んでいます。・子供達の人気を二分するのが運転シュミレッターとこのミニ列車、どちらも長蛇の列です。・撮り鉄にはテラスからの撮影が人気なんですかねぇ(苦笑)。ゆっくり見たら3-4時間。¥1000は安いようです(笑)。
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鉄道博物館…(2)

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実車展示場や運転シュミレッターの部屋は子供達がで蛇の列なのですが、この「コレクション・ギャラリー」は閑散としています。恐らく博物館で最も人気のない展示室なのでしょう(笑)。Pt↑)はマルス(Multi Access seat Reservation System)と称する国鉄&JRの・指定券発券コンピュータシステムです。この機械は初期型と思われますが、マルスの後継機は業務で数ヵ月間実際に使用していました。ともかく覚えることが多すぎて思い出してもゾッとします。今はどうか知りませんが、この時代のコンピュータ能力は今のスマホ以下でしょうから、時代&技術のの進歩とはとんでもないモノです。
Pt↓)は同部屋に”何気”に展示してある”貴重品類”です。・新幹線車両の空気抵抗値を測定するための木製風洞模型(!)。・東北新幹線開業時のテープカットに使った鋏(ホントかい?)。鉄道オタクではない身としても、部屋は興味深いモノで溢れています。
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鉄道博物館…(1)

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JR東日本創立20周年記念事業として2006年(平成18年)5月に創設された鉄道博物館(鉄博)です。お子様向けの展示かと思いきや日本の鉄道の歴史や技術の変遷が展示されています。夏休みの日曜日ということで家族連れ(小学校低学年や乳母車幼児)で大変賑わっていました。Pt↑)は”ヒストリーゾーン”という展示場で当然実物の車両です。皇族のお召列車やSL弁慶号、昭和年代省線の車両なども貴重な展示なのですが、有り難い事に子供連れは興味がないようです(苦笑)。展示車輛の多くは立ち入れるため、そこそこ混雑はしますが、Pt↓)にあるような「旧甲武鉄道四谷駅近くのトンネルを飾った実物の兜」や「2階建&3階建ての東京駅模型」など、どちらかというと貴重な展示も楽々と見れます(笑)。
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線路の総延長がTTL1400mにおよぶ国内最大級の鉄道ジオラマで、風景・景色や建物を良く造ったもんです。毎時10分位の解説ショーが行なれています(Pt↑はショーの後半”夜明け”の模様です)。実はこの鉄道ジオラマは2018年の「新館建設&本館リニューアル」の一環として2016年9月5日から2017年7月中旬まで閉鎖されるので、これが見られるのはあと”数日”です。
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平河天満宮

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千代田区平河町の『平河天満宮』です。国立劇場の裏手、Pt↑)の様にビルの谷間といった感じです。ご祀神は天満宮ですから「菅原道真」と「徳川家康」を相殿の神として祀っています。文明10年(1478)に大田道灌が江戸城本丸内の梅林坂上に勧請したのが始まりと言われ、徳川家康以降は本丸内より平河門外に移り、2代将軍徳川秀忠より慶長11年(1606)現在の地に遷座しています。
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徳川幕府に特別な格式待遇を受け紀州徳川家、彦根藩井伊家の祈願所でもあったことで、江戸の神社としては格式が良いようです。さほど広くない境内には銅製の鳥居や、力石、狛犬があり、千代田区の文化財に指定されています。ご祀神の菅原道真公は承和12年”乙丑”生まれということで、拝殿にかけて「撫牛」や「石牛」がステーキハウス「スエヒロ」の寄贈を含め5体もあります。
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・この狛犬は享和元年(1801)に麹町人々によって奉納され、嘉永五年(1852)に再建されています。・半蔵門線駅のマンション1Fにあるのが皇居ランナー御用達の”バンドゥーシュ”なる銭湯です。・同ビルには太田道灌縁の「太田姫稲荷」がいつのまにやら鎮座しています。

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千代田区隼町・最高裁判所

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Pt↑)は国会議事堂参観者バス駐車場から『最高裁判所』を遠望しています。いつもなら観光バスで賑わっているのですが、8月のそれも休日なので観光バスは1台もおりません。以前はこの立ち位置と最高裁の間には社民党(社会党)の党本部がありこの景色は見えませんでした。党本部は老朽化(?)で取り壊され跡地には現時点では何も建てられている様子はありません。”栄枯盛衰世の習い”とはいえ時代は変わっていくものです。
1974年に竣工の『最高裁判所』は日本建築学会賞を受賞している美しい建物です。外観は至極あっさりしているように見えますが、館内に入ると、吹き抜け大ホールはスパイ映画に出てくる秘密基地さながらです。この最高裁法廷では、原告、被告が論戦を交えることはありません。裁判は既に結審しており、最高裁で判断されるのは裁判の過程に不備があったか否かです。つまり被告は既に拘置所にいることになります。『最高裁判所』は事前の申込みにより庁舎内を見学を受け付けてもらえます。詳しくは最高裁HPに記載されています。
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・建物全体が白いので画像が”白トビ”してしまいます。 ・最高裁近くの自販機です。球団関係者のビルとは思えないのですが徳注品でしょうか?
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史跡足利学校跡

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日本で最も古い学校として知られる『足利学校』です。創建については1)奈良時代の国学の遺制説、2)平安時代の小野篁説、3)鎌倉時代の足利義兼説など諸説ありますが、実際に学校として機能するのは、室町時代の永享11年(1439)関東管領・上杉憲実(うえすぎのりざね)が、鎌倉円覚寺の僧・快元(かいげん)を招き初代の庠主(校長)として足利学校の経営再興したことによります。応仁の乱以後も学校として隆盛しますが、江戸時代末期には衰退し、明治5年に廃校となっています。学校遺跡は大正10年に国の史跡に指定され、平成2年には往時の姿に復原されています。さらには文化庁により平成27年4月に『日本遺産』にも認定されています。日本遺産は「文化庁」管轄ですから権威はあるのでしょう(!)。
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足利・鑁阿寺(ばんなじ)

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足利・鑁阿寺(ばんなじ)は、真言宗大日派の本山で本尊は大日如来です。寺号は「金剛山 仁王院 法華坊 鑁阿寺(こんごうさん におういん ほっけぼう ばんなじ)」と称し、12世紀の半ば足利氏の祖・源義康による足利氏の館で四方に門があり周囲には土塁と堀を巡らせ、寺というより城の感があります。鎌倉時代の「武士の館」の面影が残しており、本堂は国宝に、鐘楼、経堂、金銅鑁字御正体などが国の重要文化財、足利氏宅跡は国の史跡指定と境内は歴史的建造物が多々ありま、さらには日本100名城の1つなのです。”時の流れが醸し出す景観”は”材木問屋と観光船の街”では無理というものです。
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足利・織姫神社

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『織姫神社』は1705年頃の創建で八雲神社の境内社となり、1879年(明治12)織姫山に遷座。1837年(昭和12)に宇治平等院鳳凰堂をモデルとした現在の社殿が完成しています。ご祀神は機織を司る織物の神天御鉾命(あめのみほこのみこと)と八千々姫命(やちちひめのみこと)の二柱が祀られており、縁結びにご利益があるとされています。八雲神社の境内社から遷座とは珍しい例かも知れません。神社入口から本殿まで229段の階段を登ります。渡良瀬橋や足利の街が一望できます。2006年4月に地域活性化支援センターが主催する『「恋人の聖地プロジェクト』や日本夜景遺産事務局の『日本夜景遺産』にの認定されたそうですが、「勲章」が欲しいのか、昨今は「意味不明な遺産」が妙に増えています。 神社造営碑題額は北海道開拓史で囚人を合法的に大量虐殺した「金子堅太郎」によるモノだそうです。
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足利・思いつくまま

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足利市には東武伊勢崎線・足利市駅とJR両毛線の足利駅の2つの駅があります。この2つの駅は相互乗り入れどころか、渡良瀬川を挟んだ位置関係にあります。市役所や鑁阿寺、足利学校などの旧跡はJR駅側なのですが観光案内所(レンタサイクル等)は伊勢崎線駅の方が充実しています。JR両毛線は電車の少なく伊勢崎線の方が東京方面には若干便利で普通運賃も安くなります。
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Pt↑左)緑のアーチ橋が”中橋”で、対岸のビル辺りが足利市駅です。Pt↑右が”渡良瀬橋”、この位置からだと鉄道の橋に見えます。前項にもあるように”渡瀬橋”は自動車橋で、歩行者専用橋が隣にあります。ここから眺める景観は石坂洋次郎(古!)の小説の「山と川のある町」を彷彿させます。
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道路脇には””渡良瀬橋歌碑”の案内板が設置されています。歌碑脇のスイッチを押すと名曲『渡良瀬橋』が頭の上のスピーカーから流れます。時間にして3分超えのまさかのフルバージョン、本人歌唱です。ここの道路は交通量が多くボ~と曲を聴いているのは照れくさいです。
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織姫神社の229段の階段の参道には”猪出没注意!”の看板が設置されていした。”イノシシ被害対策連絡会”なんて組織されているようで、けっこう暴れまわっているのでしょうか?織姫山は”八木節発祥の地”である石碑もあるのですが、暑さを避けて砂利の上で寝ていた黒ネコを採用しました。映画に因んで今年は”ルドルフ”と名前が付けられる黒ネコが増えるでしょう。
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街中に妙な自販機ありました。調べてみると地元の方による【いいねこ。のみせ 足利及び周辺地域振興応援、アニメ、コスプレ文化振興応援プロジェクト「いいね!」推進本部】とありました。キャラクターは「いいねこ」と「弁天ちゃんこと足利 瞳(あしかが ひとみ)」なんだそうです(笑)。

足利・渡良瀬橋

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東武伊勢崎線足利市駅の電車到着メロディには、森高千里の『渡良瀬橋』が使われています。25年前の1993年に発表された曲で「渡良瀬橋で夕日を見ながら別れた人を思い出す」という内容の歌詞は多くの歌手にカバーされています(個人的には”松浦亜弥”のカバーがお気に入りです)。東武足利市駅から500mほど離れており、今回初めて『渡良瀬橋』を"歩いて"渡りました。渡良瀬川に架かる全長2437mの自動車専用橋で、歩行者は並行した専用橋を渡ります。足利市には”渡良瀬橋を訪ねて…”なるパンフレットまで用意されていて、森高千里自身による曲の紹介、歌詞に実在の場所の地図など、ご親切な事です。Ptの様に実際の渡良瀬橋は思いの外ゴツイ造りで、隣のアーチの「中橋」の方がそれらしいのですが(苦笑)。
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Ptは2007年に市の出資で造られた歌碑です。歌詞にあるようにこの方角に夕日が沈んでいくのでしょう。箱のボタンを押すと『渡良瀬橋』の曲が、インストではなく本人歌唱のフルバージョンで流れます。碑の歌詞を読みながら風景を見渡すと、これほど歌詞の情景がしっくりくるのは不思議なくらいです。歌の主人公達は、当時が20代なら25年が過ぎ50歳の声が聞こえる年代になっているはず。別れた2人がその後どんな人生を過ごしてきたのでしょうか?フィクションの世界とはいえ気がかりです。ところで足利市役所前には「旧足利市歌」の碑がありますが、全国的には『渡良瀬橋』の碑の方が有名でしょう。
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栃木・蔵の街…(5)

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PTは栃木市と言えばの”定番景色”です(笑)。白壁の土蔵が巴波川の水面に映り・・。テレビなどに幾度も登します。この白壁土蔵は「塚田歴史伝説館」という建物で、江戸弘化年間(1844頃)に材木を筏に組んで巴波川から利根川経由で江戸まで運ぶ商いをしていた木材回漕問屋の商家跡です。種明かしすれば、この”遊覧船”は手前の橋脇の乗船場から先の橋までの約120m(?)を往復しているだけです。「これで終わり!」と呆れかえります。九州・柳川や松江、倉敷、彦根、水郷佐原の景観と似ていますがホントに”これだけ”です。映像のマジックとはこの事です。札幌時計台と同様にガッカリするでしょう。
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贔屓目に見ても”かつて物資の集配地”として栄えた街という共通項をもってしても「小江戸」やら「関東の倉敷」とは言い過ぎでしょう。県観光交流課によると平成26年度は563万人も訪れているようで、街の観光案内パンフ、道案内板などはしっかりしています。それはそれとして、街で感じる”違和感”は何なんでしょう?。古そうな街並み、似たようなB級グルメ、ノスタルジーを喚起する仕掛け、そしてユルキャラとお祭。これじゃぁテーマパークとたいして変わらんじゃないですか(苦笑)。栃木駅~新市役所~例幣使宿場町~県庁堀~ここまで、各々の間は徒歩15分程度、1日で充分楽しめます。
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栃木・蔵の街…(4)

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Pt↑)も栃木市観光資料に良く使われる写真です。昔の県庁があった地に場所に”町役場庁舎”として建てられた木造2階建塔屋付の洋風建築です。数年前まで市役所庁舎として使用していたのですが、現在は空家のようで外壁などに急速な傷みが目立ちます。栃木市は明治4年(1871)の廃藩置県令により下野の国が栃木と宇都宮県に分れ、明治6年(1873)に宇都宮県が廃止され、当時の”栃木町”が県庁所在地となるのものの、明治17年(1884)には県庁が”宇都宮”移転、県都としての栄光は僅か13年です。今でも当時の県庁敷地跡を囲む「県庁堀」と呼ばれる約1kmの掘割には旧市役所庁舎や県立栃木高校残っています。街には緑も多く巴波川や県庁堀、点在する古家や寺社などに街の栄枯盛衰の歴史風景が点在していますが…。街出身の有名人・山本有三の碑ですらこのありさまです。
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栃木・蔵の街…(3)

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このあたりが例幣使街道のようです。『例幣使』とは、徳川家光により日光に徳川家康霊廟の東照宮が造営されると、幕府は朝廷に幣帛(へいはく)の奉納(要は”頭を下げに来い)と要求。朝廷側は正保3年(1646)から日光東照宮に勅使 (例幣使) を派遣するようになりました。普段は貧乏下級公家の朝廷と幕府の権威を背負っての道中ではここぞとばかりの我儘放題で、宿場町では無賃協力など大変な迷惑をこうむったようです。そのために整備された街道が『日光例幣使街道』で、中仙道倉賀野宿から日光西街道・楡木宿までの14宿を言います。日光東照宮では4月15日から家康の命日の17日まで大祭が行われ、これに合わせて京都を出発。15日に日光到着、16日の奉幣後はとっとと東海道を通って帰ったそうです。そんな宿場町跡が残っているとおっしゃいますが、面影なんざぁ何処にもありません(笑)。
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栃木・蔵の街…(2)

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唐突ですがこの猫達の写真パネル(8/2迄)は某商業施設の1Fに展示してありました。”蔵の街”との関連はありませんが、ここは市のメインストリート(?)にあった「福田屋百貨店栃木店」の跡地内です。この店舗は2011年に閉店。2014年からは改修工事を経て1Fには食品店店舗などの商業施設。2Fからは”栃木市役所本庁舎”と使用されています。こんな事例は全国的にも聞いた事がありません。駅からここまでの間には(見落としかも知れませんが)商店街もラーメン屋等の料飲店もパチンコ屋すら見かけませんでした。
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この倭町(ヤマチマチ)信号辺りが商業的に賑わった場所なのでしょうか(苦笑)。Pt↓下がいわゆるイメージ通りかと思います。登録文化財、看板と異なる商店、資料館などの観光施設がポツリポツリと並んでいます。正直Ptは”観光資料目線”で撮っています。現実にはPt↓)の絵になる建物より、寂れて朽ち果ていく普通の店舗の方が圧倒的に多いんです。これがこの街の現実です。
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栃木・蔵の街…(1)

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ここらは栃木市旭町という町名です。こちらは「栃木のお伊勢様」と称される「神明宮」です。ご祀神は主祭神に天照皇大神、配神素盞雄命、造化三神(天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神)の皇室系の神々です。という事で「宮」を名乗り、社殿は伊勢皇大神宮に倣っての神明造りです。応永10年(1403年)、栃木城内神明宿に創建されたと言われ、天正17年(1589年)正月、現在地へ移り「栃木町」の総鎮守となっています。Pt↑)の神明宮の屋根ぐしの千木(ちぎ)が栃木の地名のいわれとの説もあるようです。
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栃木駅から徒歩15分位でしょうか(?)道路沿いの標柱がなければ見過すかも知れません。参道の奥に鳥居が見え、さらに奥に社殿が見えるのですが、神社らしくない拝殿は明治8年(1875年)に造られた「中教院」の講堂を使用しているそうです。境内社には須賀神社・淡島神社・琴平神社・稲荷神社・富士浅間神社・恵比須神社・市姫神社・愛宕神社・松尾神社が合祀されており、境内の庭には池を配し雰囲気は良いのですが、申し訳ないのですが『うらぶれ感』に満ちています。
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