旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2016年09月

耶馬溪&青の洞門

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耶馬溪(やばけい)は、大分県・中津市の山国川流域に広がる渓谷です。地質学的には、新生代第4紀の火山活動での凝灰岩や凝灰角礫岩、熔岩が台地の侵食によってで造成された奇岩の絶景という事になります。1818年(文政元年)。大阪生まれの文人”頼山陽”が「耶馬渓天下無」と漢詩に詠んだのが耶馬渓という名前の起こりなんだそうです。大正12年(1923)には名勝指定され、昭和25年(1950)には日田、宇佐、玖珠、九重町を含めて「耶馬溪日田英彦山国定公園」に指定されています。かなり広域で、深、裏、奥、椎屋、津民を冠する耶馬溪もありますが、本耶馬渓の「青の洞門」辺りが代表的な景観です。
青の洞門は菊池寛の『恩讐の彼方に』で全国区になりましたが、羅漢寺の禅海和尚が参拝客の為にノミ1本で掘ったトンネルで、現在でも歩行者用通路にはノミの痕跡が見られる場所があります。禅海和尚は隧道を開通後は利用者から「通行料」を徴収しており、日本初の”有料道路”なんだそうです。現実は菊池寛の小説とはえらく違います。
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城下町・秋月

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福岡県朝倉市の「筑前の小京都」と呼ばれる(?)城下町秋月です。正直、関東人には知名度はありません。福岡から日田経由で別府への街道からも外れ三方を山で囲まれた盆地で、中世に秋月氏が城(砦)を築き、後に黒田氏の時代に現在の街並みが造られたそうです。明治年間までは城下町として賑うも、武家の没落と主要幹線道路から外れた町は近代化からも取り残されこの景観が残りました。国の「重要伝統的建造物群保存地区」のうち城下町は2地区あり、秋月地区は城跡、武家屋敷、城下町の様子と自然景観、田園景観の静かな町です。とは云うものの秋月藩は福岡・黒田藩の所詮は田舎の支藩にすぎません。それを誰が言うやら”筑前の小京都”とはまっこと笑止千万です。
Pt↓)は1750年頃からの築後川の流水を取り入れる「朝倉町の三連水車」です。自動回転式の重連水車構造は全国的にも有名で平成2年に国の史跡に指定されています。Pt↓)は道の駅の敷地にあったものでレプリカです。どうりでしっかりした造りです。
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2018.九州…(序)

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【九州ふっこう割】というキャンペーン企画で九州へいってきました。なんとまぁ、2日目までは地震が頻発し、後半は台風の影響をもろに受けて苦戦の連続となりました。羽田⇔福岡は”スターフライヤー”。エアバスA320、の150席仕様なのでシート間がやや(??)広いようです。内外装とも黒が基調のカラーリングで、なかなか良い感じです。2007年の初就航(北九州線)なので、いつの間にやら10年なんですね。搭乗関連の業務はANAがやっていますが、搭乗ゲートが端も端と思いっきり遠く、機材までバス利用と懐かしい感じです。Pt↑)は富士山の上空です。座席が前方窓側、天候良好なので撮ってみました。あと数日もすれば初冠雪、青々とした富士山の姿も夏の季節ならではです。
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