旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2016年11月

珍しい郵便ポスト…05


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あまり知られていない話ですが、郵便物の収集に支障がなく、ある程度の郵便投函数が見込める場合などでは取扱料金を支払って”私設ポスト”を設置することができます。Pt↑)は千代田区丸の内2丁目の重要文化財・明治生命館内の「私設郵便函」です。上層階に向かってダクトが付けてあり、上階で投函された郵便物はこの函までニュートンの法則で落下、まとめて郵便局が集荷する仕組みになっています。この明治生命館は昭和9年の完成で、その2年後の昭和11年完成の国会議事堂にも同じ設備が付けられています。
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Pt↑)は郵便物の投函口です。アメリカ「CUTLER社」の製品が使われており、国産資材に拘って建てられた国会議事堂では数少ない外国製です。明治生命館では投函口が塞がれ使用されていませんが、国会議事堂では、3階から地下1階の集荷函までのダクトで現役使用されています。=国会議事堂内は撮影の制限がありPtはありません=
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似たようなモノですが、こちらは丸の内野村ビル内の「私設郵便函」です。ダクトがなく単独で機能しています。利用案内には、月~土までの利用で日・祝の集配はない旨が記載されています。明治生命館と同じなのでダクト部分は外されたのかも知れません。
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ついでながらPt↓)は明治生命館内のアメリカ製の「真空掃除機装置」です。要は掃除機なのですが吸引口はかなりの数が設置されています。こちらも国会議事堂にも同じ設備があり、国会では現役使用されています。蓋をあけると真空状態で、長さ20mほどの吸引ホースを差し込みゴミを吸い込む仕掛けです。日銀の旧館にもありますがこちらも使用されていません。
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皇居東御苑・富士見櫓

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「富士見多聞」内部公開に合わせてなのでしょうか、「富士見櫓」が若干ですが近くに接近しました。フェンスの位置が移動し広場らしきモノと解説板が増設され説明が判り易くなりました。たったの数mの拡充ですが東御御苑を含む皇居全域は史跡に指定されているため遺跡等が発掘されてしまったらエライ事になります。聞いた話ですが「富士見櫓」は昭和42年以降は大きな修理がされておらず耐震構造や壁の漆喰に難があるため、当分の公開は無いと思われます。
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Pt↑)は東御苑側の「富士見櫓」、旧江戸城遺跡で唯一残った三重櫓です。江戸城の天守閣は徳川初期の50年間しか存在せず明暦の大火(振袖火事)以降は天守閣の再建はされていません。「暴れん坊将軍」=8代将軍吉宗に時代には天守閣は存在せず、この「富士見櫓」が天守閣の代わりとなり、月見、花見の宴などはこの櫓でおこなわれています。next・Pt)は皇居敷地側からの「富士見櫓」で別の建物に見えます。現存の三重櫓は万治2年(1659)の再建で石垣の高さは約14.5m、櫓の高さは約15.5mあり、造ったのは加藤清正とされます。江戸城本丸の遺構として貴重な建造物です。
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皇居東御苑・富士見多聞

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2016年11月15(火)より通年で皇居東御苑の「富士見多聞」の内部が公開されています。=Pt↑)は昨年の乾通り通り抜け時でこの景色は見られません。中央の白壁の長屋が「富士見多聞」です=。「多聞」とは石垣上に建てられた長屋状の構造物で防御施設とされています。旧江戸城本丸には多くの「多聞」がありましたが、現存するのはこの『富士見多聞』だけです。横幅31.5m、高さ6.3mの長屋状で、正確な建築年代は不明ですが、明暦3年(1657)の振袖火事での江戸城焼失後で万治元年(1659)との説が有力です。皇居内での江戸幕府の遺跡内の公開は初めての事なので一見の価値は充分にあります。富士見多聞内部からは蓮池堀、乾通り、局門、門長屋、紅葉山等の宮殿側の景色が見えます。
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珍しい郵便ポスト…04

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何気に撮り貯めてあった郵便ポストの画像ですが思いの外いろいろな形式があり奥が深そうです。今回は北海道編です。
Pt↑)北海道勇払郡安平町早来大町の「早来雪だるま郵便局」の雪だるまポストです。珍しポストの多くは定型に塗装と若干の装飾で構成されていすが、これは最初からの特殊形式です。1986年に始まった「雪ダルマ郵便小包発祥の地」との事で、1998年にポストを設置したようです。
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JR札幌駅南口広場の交番隣に設置された郵便ポストです。「郵政事業庁発足と丸型ポスト誕生百年」を記念し2001年平成13年(2001)に設置されたとあります。背中にしょっているソーラーパネルを兼ねた案内板には『全国にひとつだけ』と偉そうに書かれていますが、そりゃそうでしょう(笑)。日没後は「〒」マークや「POST」という文字などが光る「イルミネーションポスト」となっています。
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札幌駅前通りの大通りを超えた付近にあるポストです。以前は普通郵便・赤ポストと速達郵便・青ポストが並んでいる形式が見られましたが、これは赤ポストが2基並んでいます。右側のポストには「この差出口には束ねた郵便物を入れてください」とありDM等の大量郵便用でしょうか・・?
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北海道虻田郡京極町の道の駅・名水の郷きょうごく「名水プラザ」前に設置された丸型郵便ポストです。北海道遺産・京極ふきだし湧水公園の敷地内にあり、地元住民より観光立寄り客の利用を当て込んでいると思います。北海道とはいえ丸型ポストはそう多くは残っていないでしょう。
Pt↓)はおのおの大きさが異なります。1)は倶知安神社前にあり、利用住民数に比例するのか小型です。地方の町の郊外で多く見かけます。2)留萌駅前のポストです。屋根も雪囲いもありません。3)新千歳空港の売店コーナーにある細身なポストです。意外と珍しいのかも・・?
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北海道遺産のジンギスカン

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『北海道遺産』にはジンギスカンも選定されているそうです。北海道でジンギスカンと言えば「松尾ジンギスカン」。滝川本店に行く予定だったのですが、悪天候で新千歳空港のフードコートで食することとなりました。Pt↑)はジンギスカン定食¥1000です。若いころは羊肉が全くダメで、我慢して食べているうちに味付けの濃い「松尾ジンギスカン」だけは克服できました。その後北海道人と食事をするたび「あれはいつでも食べられるから」と機会を逸し「松尾ジンギスカン」は30年振りくらいになります。昔の北海道ツアーはおおらかで、札幌羊ケ丘の昼食で、外の牧場で羊がメェメェ鳴いているのを聞きながらジンギスカンを食べたという笑えない記憶もあります(苦笑)。今なら大クレーム大会になるでしょうね。 「松尾ジンギスカン」は東京にも支店があるのですが、やはり北海道で食するほうがGoodでしょう。 サッカーのコンサードーレ札幌しかりで北海道民は”地元”のスポーツチームを熱狂的に応援します。昔々は野球のTVは巨人戦しか放送されず、圧倒的に巨人ファンしかいなかったのですが・・。 ご覧の様な悪天候で天候調査中でした。札幌市内と千歳空港周辺では気象条件が全く異なります。札幌市内晴れでも油断はできません。
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札幌は恋の街か・・?

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石原裕次郎の1972年の作品に『恋の町札幌』という曲(作詞・作曲は浜口庫之助)があります。=♪時計台の下で逢って、私の恋ははじまりました♪=そんな都合の良い話がある訳ないと、突っ込みを入れたくなりますが・・(笑)。さて、北海道の記事項も60回を越しましたが、今回は定番中の定番(恋の街)札幌です。Pt↑)はすすきの交差点(南4西4)の「ニッカ・ウィスキー」の電飾です。初代は札幌オリンピック(1972年)より以前の1969年の設置です、現在が何代目なのか定かではありませんが、当たり前の存在として気に留めたことすらありませんでした。お向かいの建つ建物が札幌松坂屋→ヨークマツザカヤ→ロビンソン百貨店→スキキノラフィラと変遷してきた事や駅前通り南4西4と南1西4間の札幌市電が繋がったのも見ていた事になります。
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歌詞の世界だとしても、こんな所でめぐり合う訳などありません(!)。高知・はりまや橋、長崎・オランダ坂(首里・守礼の門)と並んで「日本三大がっかりスポット」などと言われますが、重要文化財とはいえ明治11年(1878)に札幌農学校の屋内体育館で高さは約20m程度の建物ですから、現在ビル群に埋もれるのは当たり前です。それでも付近のビルやホテルの協力で撮影スポット等が整備され時代を経ても札幌の街の象徴である事に異存はないでしょう。
Pt↓)1)ススキノ交差点から千秋庵の前に線路が敷かれ路線が環状運行になりました。2)狸小路の通称「狸神社」・本陣狸大明神社」のお狸様の像です。3)銀杏並木の向こうに旧道庁が見えています。
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変貌した札幌駅

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青森から青函連絡船で函館へ。翌日の夜行列車(!)で早朝の札幌駅に到着したのは大学2年生の夏でした。それから40数年。通算”札幌滞在日数”は365日を遥かに超えています。最初にこの駅に降りたの時は、ホームは地上平面に並び改札から地下連絡通路を通って各番線に向う地上駅の構造でした。長い工事期間を経て全ホームが高架へと移動します。何故かこの段階的変貌はよく覚えています。2003年に再開発施設が完成すると大丸百貨店を含む大商業施設街に変貌、街の中心がすすきのや大通り付近から確実に駅付近にシフトしてしまいました。
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Pt↑)は駅を背にして大通り方面を見ています。再開発により駅前も広々としていますが、見渡せる景色の感じは大きくは変わっていないようです。ただ、駅前の”札幌そごう”や老舗の”五番館デパート”は閉店となっています。駅から大通りまでの地下通路が繋り地上通路をすすきのまで行かれるようになり、人の流れも大きく変化してしまいました。正直、物販店や飲食店にしても”ありすぎの感”が否めないのですが・・。
Pt↓)は駅前交番隣にある『珍郵便ポスト』です。ソーラーシステムを背負い夜は電飾となっているらしいのですが、この夜は稼働していませんでした。
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中島公園・豊平館

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今迄の記事項には『豊平館/ほうへいかん』の記事はありませんでした。身近な場所に当たり前に存在すると意外と見落としているものです。2012年~2016年6月までは耐震補強やらで休館していたことにもよりますが、久々に正面から見る豊平館は、=これがオリジナルな塗装なんでしょうが=なんじゃこれっ状態です。旧函館区公会堂がリニューアルされた時と同様な感じを受けたのですが、勝手なもので「何年も風雪を過ごした建物感」の方が好きです。国指定の重要文化『豊平館』は明治13年(1880)年、開拓使により北1条西1丁目に洋風ホテルとして建てられ明治・大正・昭和天皇の宿舎としても使われました。昭和33年(1958)に中島公園内に移築、2012年より4年間の改修期間を経て創建当時の姿に復元されています。
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ブログ写真はほぼオリジナルの撮影です。24㎜~300㎜のCasioの旧型のコンデジと10㎜~24㎜の超広角系ズームの一眼を併用しています。風景や建築物の写真が多く、正直、携帯搭載のカメラでは使いものにはなりません。広角も10㎜となると扱いにくい部分もありますが、この「絵の感じ」はたまりません。街歩き時ではCasioのコンデジ使用です。今のコンデジは広角系28㎜が多く、これでは携帯搭載と変わりません。広角側24㎜(!)は意外と貴重です。かと言ってコンデジの望遠300㎜は三脚を使用しないと手ブレが激しいので、これはこれで扱いには慣れが必要です。
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倶知安町辺り…

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虻田郡・倶知安町(あぶたぐん・くっちゃんちょう)。北海道難読地名の10指には数えられるでしょう。札幌からニセコ方面への通過町でスキー以外では内地の人は訪れないと思います。蝦夷富士と称される「羊蹄山」の姿が美しいのですが、如何せん雲が・・。誰の仕掛けなのか「北海道遺産」なるセレクションなんてのががあり、2004年の第2回選定ではめでたくニセコ地区は「スキーとニセコ連峰」として登録されています。北海道でも豪雪地帯とされ、あと数日でPt↑)も雪に埋もれニセコスキー場が賑わう季節がやって来ます。
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「北海道遺産」となるとお隣の虻田郡・京極町(あぶたぐん・キョウゴクチョウ)には、羊蹄山に降った雨や雪解け水が濾過され、長い時間を経て流れ出る「京極のふきだし湧水」があります。1日の湧水量は8万トン、30万人の生活水が賄える量で、環境庁の「名水百選」にも選ばれています。ところで・・。「北海道遺産」には自然の景観や建造物のほかラーメンやジンギスカンまで選定されており「なんでも選定」の感が漂います。Pt↓)に何気に立ち寄った「倶知安神社」です。明治年間に倶知安原野に入植した人達の鎮守として祀られ現在に至っています。こういう神社の歴史こそ遺産だと思うのですが・・。
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増毛町&岩尾温泉

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『増毛』といっても「ハゲの聖地」って訳ではありません。暑寒別岳や雄冬海といったいかにも北海道らしい地名もあり、増毛町には古くからニシン漁で栄えた町でレトロな建物も多く残っています。Pt↑)この時の外気温は2°です写ってはいませんが”雪の華”が舞っています。当然の如く”温泉”へ逃げ込みましたが、眼下には国道231号線。国道の先には”日本海”という絶好の施設で条件が良ければ最高のロケーションです。
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=【暑寒別天売焼尻国定公園雄冬岩老の「岩尾温泉」は、海岸沿いの小高い丘の上にある小さな温泉で、暑寒別の100m超す断崖絶壁が25kmも続き、雄大な景色に映える夕陽には、誰もが引きつけられる魅力があります】=と紹介されていますが、残念ながら「曇天・雪の華・寒い」と揃ってしまいました。ちょうど地元の老人会が帰る時間で¥500で完全貸切り状態となりました。食堂も貸切りで、勧められたのが「ウニ汁定食/¥1500」です。ウニは苦手な部類なのですがそれはそれで美味完食です。ロビーもご覧の有様。そういえばこの岩尾温泉12月~3月は休業だそうです。お湯は露天風呂と内湯が各1で、実にシンプルな施設ですが、このような町営(?)の温泉施設は羨ましい感があります。
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オロロンライン・留萌駅

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札幌の隣町の石狩市から日本海に添って天塩まで続く国道231&232号線を通称『オロロン・ライン』と称します。今回の目的は留萌~増毛~石狩の海岸線を走ることでした。この街道を走ると北海道の全域を”ほぼ”走った事になり、あしかけで5年、最初の北海道訪問から45年が過ぎたことになります。札幌在住の知人が言うように北海道の人達以上に道内の地理に詳しいかも知れません(笑)。札幌から道央高速を途中雪に見舞われながら2時間、留萌駅に到着です。留萌市は人口22000人。数の子の加工が盛んな街だそうです。駅の2014年度の平均乗車人員は55人/1日とあるのですが、北海道の地方駅としては古びていても悪い印象はありません。駅舎内に置かれた羆の剥製は大正4年(1915)の「三毛別羆事件」の紹介案内です。待合室の「立喰いソバ店」でタクシー運転手達が食していたので臭いに釣られて食べてたのですが・・。かって食べた立食いそば店でも屈指のお味でした(苦笑)。
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旭山記念公園・2016

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【旭山記念公園・2016】とあいなりました。地元の人によると今年の札幌は”秋”が無くていきなり冬が来た感じだったそうです。面白いものでこの時期に異様とも思えるほどの厚着(コート、マフラー&手袋)なのは中韓と札幌の人達なのです。この前日の夜は市内に雪がチラついて雨に変わり・・。この繰り返す日々で”冬の札幌”と変わっていきます。ここ数年は旭山記念公園からの絵は曇天ばかり・・。昨年の写真と比べても同じようなのですが、今年ちゃんも訪れました。Pt↓)で犬を連れている御仁は旭山記念公園と野鳥に特化したブログをやっている方のようです。カメラ器材だけでもなかなかのモノです。
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展望台の反対側からは手稲スキー場が遠望できます。今でこそ東京からの北海道スキーツアーは極々当たり前の企画商品となりましたが、北海道スキーツアーが販売されだした40数年前は「往復飛行機利用で北海道でスキーができる!それも札幌オリンピックの会場で!」。これは画期的な企画商品でした。実際は札幌オリンピックの後、供給過剰となったホテル客室と航空座席の販売だったのですが・・。往復飛行機、札幌市内ホテル泊、ゲレンデへの送迎付き。販売価格が¥24000くらいでバカ売れしましたね。
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早来雪だるま郵便局

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【2016秋・北海道シリーズ】です。早来は新千歳空港から車で30分程の距離ですが元スケート選手の橋本聖子氏の出身地くらいの認識しかなく、2006年に早来町と追分町が合併して現在は「安平町」となっているのも知りませんでした。旧早来郵便局で発案の「雪だるまの形をした発泡スチロールの雪を詰めて全国へ発送する・ふるさと小包『早来雪だるま』の発祥地」として知られていましたが・・。郵便局は1997年に「早来雪だるま郵便局」と改称され、郵便ポストは『雪だるま型』の姿をしています。屋根上の雪だるまは、2005年に特別住民票が交付されていたり局前の通りが「雪だるま通り」だったりで、「雪だるま」に特化した街のようです。雪もなくご覧の景色ですが、雪が降ればなかなかのモンでしょう(笑)。
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