旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2017年01月

造幣さいたま博物館

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JRさいたま新都心駅より徒歩約10分の場所に平成28年10月にオープンの造幣局さいたま支局内に『造幣さいたま博物館』が併設されています。奥側のやや高い建物が工場関連で手前が博物館となっています。元々は東京都豊島区にあった造幣局東京支局がさいたま市へ移転となった施設です。博物館には貨幣、勲章の製造工程紹介や古銭、記念貨幣などが展示されており、展示物の多くは豊島区施設から移管したようですが、展示数、内容ともに拡大充実で博物館の規模としても大きくなっています。惜しむらくは、池袋では職員向けの購買部で”貨幣クッキー”なんてのが買えたのですが、博物館内のショップでは「プルーフ貨幣セット」や「通常の貨幣セット」など貴重なブツが販売されていますが、お菓子屋、ボールペン、タオルの類は一切ありませんでした。
・・・【09:00~16:30(16:00)の開館、入館無料、日~金(現行)の開館、個人での見学は予約不要です】・・・館内は指定された展示や場所以外の撮影は原則としてOKなのですが、如何せん照明の関係でまともな絵が撮れていません。 
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珍しい郵便ポスト…08

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本郷の東京大学正門前の本郷郵便局前に設置された郵便ポストです。右側の茶色が『本郷郵便局・郵便創業100年記念ポスト』という名称です。Pt↑のように隣に現役のポストが並んでいます。記念ポストの方は投函口が塞がれて単なる記念碑となっています。どこでだったか他の郵便局前で見かけた記憶があるのですが思い出せません(苦笑)。それとも郵便事業100年記念でアチコチに造れたモノの名残りなのでしょうか?
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この【珍しい郵便ポスト】は撮りだめてPtを脈拍なく掲載しているのですが・・。面白ポストには”それなりの由来”があるものです。Pt↑)は目白の切手博物館前に設置されているポストです。これほど馬鹿げたポストは初めて見ました。豊島区や切手博物館が梅津かずおやその作品とどんな関係があるのか知りませんが”これはなし”でしょう!。漫画(それも品のない)のキャラクターなんぞ認めたらキリがありません。
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Pt↑)は脈拍なく葛飾は柴又は帝釈天の丸型ポストで二天門前の目立つ場所にあります。『柴又帝釈天』は日蓮宗経栄山題経寺が正式名称で、帝釈天様は仏教の守護神ですがさほど格の高い神様ではありません。フーテンの寅さん役の渥美清が亡くなって20年数年、この街はまだ寅さんの亡霊から抜けられないようです。『紙兎ロペ』ではまだまだですが・・(笑)。

ブートCDの裏通り・48

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Pt↑)は西新宿某店舗よりの2017年の初荷(?)です。P↑)右は1976年03月の「SANTANA」札幌厚生年金会館、左は1976年2月の武道館公演、因みに台紙にしたのは1973年公演のオフィシャル【ロータスの伝説】です。この札幌公演はド外れたブツで、SANTANAの売りでもあるパーカッションがしっかりと録られ、パーカツ廻りの迫力は”オフィシャルのロータス”がおとなしく聞こるほどです。札幌厚生年金会館はさして大きな箱ではないのですが、テインバレス音やカルロスのギター・トーン(Yamaha)お見事です!。ガタガタ言わないで黙って聞けってやつです。これが1976年の隠密とは・・。
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このなのが出てしまったら「武道館1976」の方は、悪くはないのですが76年の隠密録音と聞かされれば、”そうだよねぇ”と納得してしまう音です。それでもヤフオクではトンデモナイ価格になっていましたが・・。札幌1976と音のニュアンスが似ている感があるのが”1973年のChicago札幌厚生年金会館”です。これもレベルの高い作品です。某店舗のHPを確認すると”PInk FLoydの1972年の中島スポーツセンター”も同じ録音者とありました。1972、73、76年とどのような器材を使ったのでしょうか?まさかリール・デッキでは・・(苦笑)。

目白・切手の博物館

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昨今の事情は知りませんが、趣味に「切手収集」ってのがあります。昔々は記念切手販売開始日には朝から郵便局の前に並んで購入したり、デパートの記念切手売場(そういうブースがありました)や街の”なんたらスタンプ”という今のチケットショップに前身を覗いてはため息をついた方もいたはずです。JR目白駅徒歩3分程度に『切手の博物館』・・1991年、東京都登録博物館第68号・・なる博物館があり出かけてみました。こちら『切手の博物館』は総務省所管の一般財団法人が運営しています。ここらで嫌な予感がしてきたのですが・・。正直レベルが低いです!展示室内撮影は不可なので伝えにくいのですが、「時間と労力とお金をかけて収集したんだろうなぁ」という感が少しするだけで、それで終わりです。3階のスペースでの特別展なんぞは暇とお金にあかせての個人収集品が自慢げに展示してあるようで・・。超収集マニア以外は楽しめる施設ではないようです。誰の仕掛けかは知りませんが、玄関前の郵便ポストは漫画家・梅津かずおの「まことちゃん」キャラのポストです。キャラクターとしてどうかと思います(笑)。
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結局は「犬」が勝ち!

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東京大学正門を入って左の方向にPt↑)の風化が進んだ銅像があります。このお方はイギリス・ロンドン出身の建築家「ジャサイア・コンドル」です。明治10年(1877)に若干25歳でお雇い外国人として来日、政府関連の建築設計を手がけ、東京大学工学部の前身の工部大学で辰野金吾(東京駅)など多くの日本人建築家を育成しています。代表的な作品では、鹿鳴館、岩崎邸洋館、御茶ノ水ニコライ堂があります。故郷のイギリスには帰らず1920年に67歳で日本で没しています。ジャサイア・コンドルが明治以降の日本建築界の基礎を築いたと言っても過言ではないのですが・・。如何せん活動の場も作品も”東京”に集中しており建築マニアを除けば知名度は全国区ではありません(苦笑)。
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Pt)は東大農学部の正門近くに2015年に造られた「上野英三郎博士とハチ公」の銅像です。ハチ公と博士のはしゃぐ姿が表現されていますが、両者が会した姿は初めてかも知れません。因みにハチ公の死亡解剖時の内臓は近くの「農学部資料館」に、剥製となった姿は「上野科学博物館」に、その魂は青山墓地の博士の墓所に一緒に眠っています。Pt↓)の「赤門/重要文化財」は東京大学の正門ではなく、江戸時代の加賀前田家の屋敷で、前田家が徳川から嫁を迎える際に造られた門です。映像では東大の象徴として映ります。明治45年完成の東京大学正門は明治神宮、弥彦神社、築地本願寺などを手がけた伊東忠太の作品です。アーチ形状が特徴の法文1号。2号館は内田祥三の設計で、登録有形文化財です。この様に東京大学本郷には「見所」が数多くあるのですが、結局、「全国区で誰もが知っている」となると”犬(ハチ公)”の勝ちです(笑)。
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猫の三四郎(?)

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「冬枯れ」の季節を割り引いても『東京大学本郷キャンパス』は散らかり放題の状態でした。この地は江戸時代を通して加賀前田藩の藩邸があり、東京開成学校と東京医学校が合併して現東京大学が設立されたのは明治10年(1877)の事です。そんなこともあり構内には歴史的建築物や遺構が随所に残っています。有名なものでは国の重要文化財の『赤門』、明治45年(1912)完成の『東大正門』、大正14年(1925)完成の東京都登録有形文化財第1号の『安田講堂』、『三四郎池』として知られる『育徳園心字池』などなど。安田講堂地下の学生食堂(時間制限あり)は普通に利用でき、隣の生協では「東大土産」が充実しています。構内の散策は結構楽しめますが、季節を選ばないと愕然としてしまいます(苦笑)。Pt↑)は三四郎池付近を散策していた”猫の三四郎君(?)”です。Pt↓)唯の濁った心の字池です。生態系を考慮して掃除をしていないのでしょうか?。安田講堂占拠事件は1969年の事。時間が止まったかのようです。冬枯れのイチョウ並木は無残な姿となっています。
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平井諏訪神社

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平井の聖天さまのお隣の「平井諏訪神社」です。隣と言っても同敷地なのですが、燈明寺(聖天)の惠祐法印が享保年間(1710年頃)に出身地の信州諏訪大社から勧請して当時の平井村の鎮守とし、明治初年くらいまでは別当寺の関係にありました。Pt↑)の社殿は、昭和42年(1967年)に建てられています。社殿右の末社の稲荷社は、施された彫刻などが見事なのですが、改築以前は本殿だった社だったそうで、納得がいきます。社殿左には大正9年(1920)頃地元の方々により造られた浅間神社・富士塚がありますが、富士塚にしては標高が殆どありません(苦笑)。
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平井の聖天さま

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江戸川区平井1丁目の新義真言宗の明雅山明王院・燈明寺です。Pt↑)は山門から入り右側が燈明寺本堂、正面やや左が燈明寺聖天堂です。平井の聖天堂は埼玉県妻沼聖天、浅草の待乳山聖天とともに『関東三聖天』として知られています。聖天=大聖歓喜天は仏教を守護神で、聖天、大聖歓喜天、大聖歓喜大自在天、大聖歓喜双身天王、象鼻天等々多くの呼称を持っています。その姿は象の頭をもつ人身の像でヒンドゥ教の”ガネーシャ”に起源を持つようです。
総武線平井駅途中下車で立寄ったのですが”三大聖天”の呼称は得心できます。聖天信仰は少し特異性があるのでそのまま戻ってきました(苦笑)。
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珍しい郵便ポスト…07

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明治期の蔵りの町並みで有名な川越元町郵便局前のポストです。この郵便ポストもイメージ戦略の一環なのでしょうが愚かな話です(笑)。川越市にふさわしい伝統的なデザインなんだそうですが、意味不明です。郵便局近くの信号が元高札場があった「札の辻」です。この先は普通の家並みとなってしまいます。
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蔵造りの街並み地区に潜り込めなかった商店街が”明治”に対抗して「大正浪漫通り商店街」を構成しています。Pt↑)は商店街の端「川越商工会議所」前の丸型ポストです。この鉄筋コンクリート造りの建物は、昭和3年(1928)に武州銀行川越支店として建築され、昭和45年(1970)のから川越商工会議所として利用されている建物です。明治でも大正時代の建築でもありません。 
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現在の蔵造りの多くは、川越大火後に建てられたもので30数棟が残っています。関東大震災や戦災によって多くの蔵造りが姿を消え、川越一番街周辺に残った建物は、平成11年に『重要伝統的建造物群保存地区』に選定されています。Pt↑)は大正7年建築に埼玉りそな銀行前の丸型ポストです。
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仙波東照宮近くのタバコ屋前にあった小型の箱型ポストです。とりたてて”珍しい”の部類には入らないかも知れません。住宅地ならではのモノなのでしょうか?記憶をめぐらせても、北海道の札幌からかなり離れた町で見た記憶しかありません(苦笑)。
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