旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2017年02月

横須賀・三笠公園

170227_01
Pt↑)は「さかみ」ではなく『みかさ』です。明治38年(1905)バルチック艦隊との日本海海戦では連合艦隊の旗艦を務めています。明治35年(1902年)イギリスでの竣工、この時代の日本には戦艦を建造するだけの技術力・国力がなく富士型戦艦2隻、敷島型戦艦4隻の6隻をイギリスに発注しています。戦艦三笠1隻の建造費が1200万円(現5兆円)。これは当時の国家予算の5%とは驚きです。日本海海戦後直後に佐世保港で弾薬庫爆発事故をおこし日本海海戦(死傷者約110名)以上の約440名の死傷者を出すなどで、後年はパッとした戦績はなく退役。芝浦港へ回送途中に関東大震災により着底。そのまま現三笠公園に保存となりました。戦後は米軍の娯楽施設(ソ連はスクラップ化を主張。そりゃぁ無理ありませんが・・)として使用され、その際に甲板より上の構造物の多くは撤去され、現構造物は復原されたものです。オリジナル部分は建造から115年を経た「鉄製の軍艦」として世界的に貴重な遺構となっているそうです。
170227_02
日露戦争を描いた小説として有名なのは司馬遼太郎のNHKでドラマ化もされた「坂の上の雲」でしょう。「小説」としては面白いのですが、司馬作品を読んで(見て)史実と思い込んむ方々が多く見られりのは困りモンです。「坂の上の雲」と「他の日露戦争史」では違いに唖然とする場面が多々あります。例えば旅順203高地の攻略戦で完全な無能将軍された乃木将軍と伊地知参謀などはいい例です(苦笑)。反対に「竜馬が行く」のように本人の過大評価の極みもありますが。・・大体がご本人の「リョウ」の字は【竜】ではなく【龍】です・・実際のところ「他の日露戦争史」の表現ではT字戦法も東郷ターンも海戦の大勝利を神格化するために創作された気がします。
170227_03170227_05170227_04

古賀政男音楽博物館

170224_01
渋谷区上原の『古賀政男音楽博物館』は小田急線(千代田線)代々木上原駅から徒歩5分程の場所です。昭和の日本音楽界の巨匠の博物館は興味深い展示も多々あるのですが、隣が権利関係には五月蝿いJASRACがあるくらいですから、著作権には厳しいようで館内は残念ながら撮影禁止です。記念館内には古賀氏の自宅の居間や書斎、レッスン室を再現した展示、愛用のギターなどが展示してあります。好きな方は好きなんでしょうあまり興味が湧きません。むしろ昭和・平成の有名作曲家達の展示の方が面白いかもしれません。個人的にはワイルド・ワンズの加瀬邦彦氏愛用ギター、ヤマハのブルージーン・カスタム(12弦)の展示には驚きましたが・・・。お勧めは地下1Fには演歌を中心とした日本歌謡曲史の約8000曲のライブラリーが個人ベースで聴きまくりができる設備があります。現代のお経みたいな歌詞に比べたら遥かにマシな作品群です。
170224_02170224_03170224_04

東池袋・『永久平和を願って』

170207_01
『タトヘ判決ハドウアラウトモ、ソレハ敵国トシテノ目カラ見テノコト、私ハ日本人トシテ何ラ良心ニハヅルトコロハナイ。‥(略)‥何ニシテモ敗レタモノハ弱い。~』   =元陸軍大尉の遺書より=

池袋のサンシャインシティ隣(敷地内?)の『』東池袋中央公園』、公園の片隅に『永久平和を願って』と記された碑が建立されています。碑の裏には・・『極東軍事裁判所が課した刑及び他の連合国戦争犯罪法廷が課した一部の刑がこの地で執行された』・・と記されています。この公園は第二次大戦後の「極東軍事裁判/東京裁判」により戦犯60名が処刑、18名が獄死、2名が自殺等、収監された戦犯総数が1600名が拘留された『巣鴨プリズン』の跡地です。この碑の建立をめぐって地元住民による「訴訟」は最高裁まで持ち込まれるなど紆余曲折がありました。そうした反対運動への馬鹿げた配慮なのか碑に関する説明等はありません。負の記憶はなかった事としたいようです。・元A級戦犯のキーホールダー(こんなのあるんですねぇ)が置かれています。ダブリがあるので全員ではありません。碑の後方の植込みあたりが絞首台があった場所のようです。A級戦犯=平和に対する罪。B級戦犯=通常の戦争犯罪。C級戦犯=人道に対する罪で、A>B>Cの順位ではありません。”平和に対する罪”と”人道に対する罪”は当時の国際法にはなく、この裁判の為につくられました・・。
170207_02170207_03170207_04

七社神社と一里塚

170212_01
上野の西郷像あたりから京浜東北線に添って馬の背状に赤羽の埼玉県境まで大地が続きます。この様な地形には古代の集落遺構が多く、有名ではないものの由緒ある神社仏閣が点在しています。北区西ヶ原(飛鳥山公園隣)にある『七社神社』もその一社でしょう。ご祀神は 1.伊邪那岐命(イザナギノミコト) 2.伊邪那美命(イザナミノミコト) 3.天児屋根命(アメノコヤネノミコト) 4.伊斯許理度賣命(イシコリドメノミコト)  5.市寸島比賣命(イチキシマヒメノミコト)  6.仲哀天皇(チュウアイテンノウ) 7.応神天皇(オウジンテンノウ) と神社名のように七柱の神様達です。元々は現在の古河庭園のお寺境内に創建され、明治年間に現在は摂社となっている『一本杉神明宮』の地へ移り、本社と摂社が入れ替わっているのですが、神社縁起としては珍しい事ではありません。本郷通りから滝野川警察暑脇を入りますが、警察暑前にある「西ヶ原一里塚」は日光御成街道の2番目の一里塚で、国指定の遺跡となっています。
170212_02170212_03170212_04

東京都北区防災センター

170211_02
玄関を入るといきなり”東京にM7程度の地震があった場合の居間”のシュミレーションにはドキッとします(苦笑)。東京都北区防災センターは、恐らくは京浜東北線最低の乗降者数を誇る「上中里駅」から5分ほど滝野川消防署の隣にあります。なんでも昭和59年オープンで、国の「防災基地モデル建設事業」の一環として、防災公園でもある滝野川公園や消防署・警察署・病院が周囲を固める災害拠点として建設されています。東日本大震災、阪神淡路震災、普賢岳の噴火などの写真なども展示されているのですが、トータルとして”やや古めかしい施設”の感じは否めません。・・・AM09:00~PM17:00・月曜&特定日休み・入場料無料・・・です。まぁ古河庭園がすぐ近くなので、ついでに寄ったという感じがよろしいかと・・。
170211_03170211_01170211_04

お札と切手の博物館

170208_01
JR王子駅から徒歩5分程、国立印刷局王子工場横の『お札と切手の博物館』です。外観はどこぞの信用金庫の支店といった感じです。元々は1971年に大蔵省印刷局創立100周年を記念して市ヶ谷防衛庁の隣に開館され、2011年に現在地へ移転してきたものです。こちらではお札の印刷工程が見られる訳ではありませんが、博物館としては小ぶりでありながら、お札の歴史や偽造を防ぐための技術の変遷や世界のお札の展示等々に特化していて充分見ごたえがあります。・・・【AM09:30~17:00・月&特定日休み・無料】・・・館内は撮影禁止ですが、展示物のうち「一億円が持てる体験コーナー」は撮影OKです。
170208_02
2階の展示スペースで2016.12/20~2017.3/5の日程で『印紙・証紙-小さなグラフィック・デザインの世界』のタイトルで収集家の”下邑政弥氏旧蔵の貴重なコレクション”と併せて国立印刷局ならではの収蔵品が展示されています。印紙・証紙・酒の証紙・ゴミの券・車検のステッカー等々実に面白い展示です。入館料を取る割には立派なのは建物だけという目白の某博物館とはエライ違いです。
170208_03170208_04170208_05

湯島聖堂あたり・・。

170205_01
JRお茶の水駅ホームから神田川を挟んで「日本の学校教育発祥の地」とされる『湯島聖堂』があります。特には独特な『大成殿』は日本らしからぬ建造物の感があります。興味を持つ人はそうは多くないと思いますが、屋根上には珍しい姿をした聖獣達が大成殿を守っています。猫のようで猫でない『鬼龍子/きりゅうし』と称する顔は猫科で腹部には鱗がある「猫+蛇」の聖獣が睨みをきかせています。その上方で頭から水を噴きあげているのが、鯱の原型と追われる『キギントウ』と称する水の神です。中国発祥系の聖獣には驚かされます。
170205_02
『湯島聖堂』は徳川5代将軍綱吉が儒学振興のため、上野忍ケ岡の林羅山の孔子廟と家塾を移転したのが始まりです。将軍綱吉となると「生類憐みの令」が有名ですが身体的コンプレックス(小人病?)により学問に走ったとも云われています。寛永年間には「昌平坂学問所」が開設されるなど、ここは幕府人材養成の場となっていました。現在の大成殿は関東大震災で焼失し昭和10年に伊東忠太の設計で再築されたものです。
170205_03170205_04170205_05
月別アーカイブ
  • ライブドアブログ