旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2017年05月

永田町・憲政記念館は…

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昭和11年の226事件に縁の場所…決起将校の墓所→旧陸軍刑務所と続きました。今回は国会議事堂の東側道路を挟んだ「国会前庭北地区」の憲政記念館です。この前庭地区は歴史に度々登場する場所で…。江戸時代初期には虎退治の加藤清正の屋敷、江戸寛永年間には井伊直弼の屋敷でした。有名な『桜田門外の変』は僅かな距離の警視庁前(桜田門前)でおこっています。明治年間になると「弾正台」が置かれ、明治24年に設けられた『日本水準原点』は日本国の高さの基準となっています。昭和11年ごろは憲政記念館付近に陸軍省と参謀本部が並び、向かい側に陸相官邸がありました。226事件では約160名の決起軍が陸相官邸を占拠してクーデーターの拠点となりましたが、現在では陸相官邸跡は議事堂の敷地に取り込まれ、道路も付け替えられ当時とは異っています。前庭内の”この地の由来”の碑にも事件についての記載はありません。いまはむしろ『相棒』の撮影現場といった方が判りやすかも知れません。
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日本水準原点&標庫

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国会議事堂前庭の内に日本の高さの基準となる「日本水準原点」が設置され「日本水準原標庫(にほんすいじゅんげんてんひょうこ)」という建物の内部に納められています。この近辺は東京でも有数な台地であり地盤沈下の影響を受けにくく、標庫の基礎も頑強に造られているため原点の狂いが生じにくいとの事でこの地に設置されたようです。しかしながら関東大震災の地殻変動により【24.500mから24.4140m】へ改定され、さらに東北大震災では24mm沈下したため現在は24.3900mに改正されています。因みに”経度”も同時に改正されています。東北大震災の影響で東京でも地盤が沈下したばかりでなく、経度も少しずれたという事になります。
「日本水準原点標庫」は、ローマ風神殿建築を模した石造りで明治時代の洋風建築として東京都指定有形文化財に指定されています。また正面上部には「菊の紋章」と右書き出しで「大日本帝國」とあります。現代では珍しい「大日本帝國」の表記のある建造物です。

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国会議事堂参観‥中央広間

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中央搭真下の広間内部です。下の画像は広間の2階東側ら撮っています。この下にガラスの扉があり、更に鉄の扉があって表へとなります。議員が選挙当選後の第1回目の登院時に当選証書を受けバッチをつけてもらうのはこの広間です。広間は2階から6階までの吹き抜けとなっており、その高さは32.62mあります。広間の天井はステンドグラスとなっていて、一マスが畳2帖全体では畳50帖の広さがあります。広間の床、四隅には憲政の功労者の板垣退助・大隈重信・伊藤博文の像があり、1席は空の台座となっています。中央広間から「ご休所」へ続く通路です。この通路は陛下がお見えになる時、国賓の方が訪問された時以外は使用されません。中央広間の床のモザイク模様はその色の大理石を縦方向に「植えて」模様を構築しています。なんとも贅を凝らした造りとなっています。
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国会議事堂参観‥御休所(ごきゅうしょ)

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正面入口から入り、中央広間から階段を登った奥に「御休所」と呼ばれる部屋は天皇陛下が国会の開会式などで議事堂に来られた際に「御休息」するため造られています。国会議事堂の総工費の10%を費やしたとされる部屋の造作は、総檜造の本漆塗、外側の飾り部分には、徳島県阿南市産の不如帰(ほととぎす)という石を使用、シャンデリアは水晶製など材質や装飾は議事堂の中でも特に匠を凝らした華やかなものとなってます。ビルによって視界が遮られる前までは部屋の窓から富士山が見えたそうです。見落としがちですPt↑)ホールの天井のステンドグラスはここだけ湾曲しています。壁に付けられた照明は上部を向く間接照明になっています。これは床に影ができにくく、天皇陛下の影を踏まないような工夫です。陛下がお出でになる時には床に特別な絨毯がひかれます。
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国会議事堂参観‥衆議院議場

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画像は衆議院の議場です。衆議院、参議院の議場は中央搭を挟んで向かい合って造られています。ほぼ同じ造りなのですが、一部異なった造りがなされています。1)写真中央正面の一段高くなった場所が議長席です。衆議院では議長席上方に陛下が議会をご覧になるゴンドラがあります。(参議院議場で傍聴席の場所に専用の部屋があります)。2)議長席に上がる階段に衆議院では「手摺」がありますが、参議院には「手摺」はありません。3)参議院では得票数が電光掲示する設備がありますが、衆議院にはありません。最も判り易いのは衆議院の方が議員定数が多いため、座席数が多く、混雑したように見えます。議長席下、前列左右が大臣席です。総理大臣は議長席の左隣に着席します。衆議院議場には参議院議員で大臣であっても入場することはできません。(逆も同様です)。議員席は向かって左側が多数政党で、当選回数の少ない議員から前方より着席します。議場の照明は、天井にステンドグラスの上に蛍光灯が設置され、さらにその上がガラス張り状の屋根となっており、日中の自然光と蛍光灯をミックスして明るさが保たれています。議長は「南」を背に「北」を向いて着席し、議員は「北」を背に「南」を向いて着席します。議案採決が投票が行われる際は、向かって階段左側(東)から上がり右側(西)へ降ります。参議院側ではこれと真逆になります。

参議院特別参観・・(終)

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Pt↑)は参議院正面玄関の「議員登院板」です。登院した議員が議員登院表示盤の自分の氏名ボタンを押すと、表示盤が点灯、登院したことを表示すると同時に退出時間が記録される仕組みになっています。参議院では館内に5ヶ所(衆議院では4ヶ所/Pt↓)あります。面白い事には点灯色は参議院がオレンジ色。衆議院は黄色です。管理集計の方法も両院で微妙に違うのですが、これは省略します。
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一般参観では見逃しな部分に注目して見ました。Pt↑)議事堂敷地には伊藤博文の銅像が中央広間と参議院前庭に2体あります。前庭の銅像は本体が5m。台座も含めて11mあり、1936年に当時の貴族院に寄贈されたものです。こちら方が造作も細かく本人らしい作品の様な気がします。
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参議院特別参観・・(4)

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参議院本会議場です。中央塔を挟んで参議院・衆議院の本会議場は向かい合わせで造られています。450帖と広さは同じですが、若干の造作の違いがあります。国会の開会式は参議院本会議場に衆参両議員、最高裁長官等700数十名が会し、天皇陛下をお招きして開会の辞となります。従って参議院議場には陛下が座られるお部屋(お席)があります。通常はカーテンで仕切られ開会式当日は議長席が取り外されます。今回はお席のカーテンが開けられ議長席もそのままという珍しい状態でした。
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傍聴席中央の仕切られた部屋は天皇・皇后両陛下が会議を傍聴するお部屋(御傍聴席)です。参議院ではこの位置に、衆議院では議長席上方に設けられています。また判別し難いのですが、参議院には得票数が電光掲示される設備があり、衆議院にはこの設備がありません。参議院本会議場では議長は「北」を背中に「南」を向いています。という事は衆議院はその逆となります。
Pt下中)が速記者席です。速記者の出入りはカーテンの下方の通路から上がってきます。
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参議院特別参観・・(3)

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国会議事堂は17年間の工期を経て昭和11年に完成しています。純国産に資材にこだわっていますが、当時の日本の工業水準ではできなかった物が3点あります。Pt↑)の郵便投函筒はその1点で、アメリカのカトラー社製です。3Fから地下1階の集配所までのぶち抜きの四角い筒なのですが、当時の日本国で造れない訳はない思えます。特許の関係でしょうか?。仕掛けは何もありませんニュートンに法則に従うだけです。Pt↓)のドアの鍵が次の1点で、当時の日本にはマスター・キーの概念がない為アメリカ製を使っています。
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やや暗いので判りにくいのですが、天皇陛下御休所のドアの蝶番です。議事堂の総工費の10%を費やした御休所の造りは見事で、全体画像はパンフレットで見られますが、恐らく蝶番の画像は初出でしょう。下方にありがちなPtを載せますが、特筆お部屋の入口の左右の丸い柱から上方の水瓶の突端までが1枚の大理石(四国産のホトトギス)で造られています。他にも多々あるのですが諸般の事情によりスイマセン。
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国会の赤絨毯を忘れるところでした。赤絨毯は国会内に約4600mひかれています。純国産ですがmあたり¥26000するそうです。4-5年ごとに3階に新品が入り、順次2階、1階と使い廻されます。3階の廊下と1階の廊下の絨毯の踏みごごちが違うのはこんな理由です。
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参議院特別参観・・(2)

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Pt↑)中央広間の床面から天井を見上げます。天井のステンドグラスの升目は一ツが畳2帖(計50帖)あります。天皇陛下及び外国要人訪問時しか点灯しないのですが、今回は特別に点灯されていました。ブルー基調の美しい造りですが残念ながら映りきっていません。中央塔の石材は沖縄産の「サンゴ石灰岩」が使われています。この石材にはPt↓)のように巻貝や海老(?)の化石が含まれているのですが・・。
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参議院・衆議院ともに中庭には池が造られています。この池には驚きの仕掛けがあって、中央の緑の蓋の部分から水の冷気を取り込んで、氷室で冷やして館内に送り込む装置がありました。冷房装置なのですが、昭和11年の建物に冷房装置があったのは驚きです。現在は使用されていませんが、Pt↓)の壁にはめ込まれた鉄の格子が冷気の吹き出し口です。
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館内の廊下にはところどころにPt)の形状の金属バルブが付けられています。これは掃除機ホースの差し込み口です。掃除機といっても家庭用とは違いホースだけで10m以上あります。館内に巨大な掃除機本体が設置されバルブの蓋をあけると真空状態でゴミを吸引する装置で、現役で稼働しています。繰り返しですが昭和11年(!)の建物です。因みに同年代に完成の旧日本銀行や明治生命館の掃除機は稼働していません。
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参議院特別参観・・(1)

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5月連休の衆議院特別参観に続いて「参議院70周年特別参観」が5月20日・21日の両日で行われました。参議院単体としては実に10年ぶりの行事となります。次回は10年後となるでしょうから記事掲載を迷ったのですが、通常の参観では見られず「あの先どうなっているんだろう?」的な場所のPtを何点か載せみる事にします。Pt↑)国会議事堂は昭和11年の完成、工期は17年間かかっています。中央塔の左が衆議院、右が参議院です。建物の横幅は約206m。奥行幅約88m。中央塔の高さは約65mで建物は東を向いています。
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エンタシスの柱の奥が「中央玄関」で別名「開かずの扉」と呼ばれ天皇陛下及び外国国家元首の来訪時と、選挙後当選議員の初登庁時の初回だけこの扉から入ることになります。今回の特別参観ではこの入口が使われました。さすがにこの階段の「赤絨毯」の踏みごごちは格別なモノです。
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中央塔の内部は天井まで約33mの空間となっています。天井はステンドグラス仕上げとなっており畳50帖の大きさです。天皇陛下は国会開会式の当日は中央玄関から入られPt↑)の階段から「御休所」へ向かわれます。また床面には伊藤博文(右)・大隈重信(左)・板垣退助(未)の銅像があり台座の1ツが空席となっています。モザイク模様の床面がPt↓)です。この模様は単なるタイル張ではなく、8㎝ほどのカラー大理石が縦方向に植えられて造られています。
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浅草・日輪寺

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関東には「平将門」にまつわる伝承が数多くあり、ニュアンスこそ違え浅草・日輪寺も将門縁の寺とされています。天慶の乱で戦死した平将門の首は京都で晒され、3日目に故郷に向かって飛んで行きました。。首が落ちたとされる伝承は数か所あり、江戸時代初期に武蔵国豊島郡柴崎村といった現千代田区大手町の『将門塚』が最も有名です。首は柴崎村の村人により丁重に祀られたのですが、将門怨霊による天変地異頻発するようになっていたようです。1300年頃この地を訪れた「時宗二祖他阿真教上人」により将門を祭神とする神田明と日輪寺を時宗柴崎道場として開いています。徳川時代には江戸城の拡張で神田明神は外神田に移り、日輪寺はこの地に移っています。平将門を祭神としているのが「神田明神」で、菩提寺が「日輪寺」の解釈で良いと思いますが・・。Pt↑)の後方建物は浅草ビューホテルで旧浅草国際劇場です。日輪寺近くには、嘗てSKDスターに憩いの場であった「喫茶シルクロード」が今も営業しています。
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上野公園・五条天神社

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上野公園不忍池に隣接した『五条天神社』です。摂社の「花園稲荷」の鳥居や赤の幟の方が目立っていて外国人には人気のようです。五条天神社は日本武尊が東征の折に「大己貴命」と「少彦名命」をこの地に祀ったのが創建とされ「菅原道真」は江戸時代に合祀されたようです。「大己貴命」と「少彦名命」は医薬祖神様とあり、相殿には学問の神様が祀られていることから、医薬系志望の受験生に人気が高い神社だそうです。天神社は時代の変遷や寛永寺の拡張により何度かの移転をしていますが、江戸元禄年間には現在のアメ横の線路沿い、ヨドバシカメラに隣接して「旧社地跡」を示す碑があります。天神社は正月の1日、2日、3日と初天神の25日の「鷽替え神事」でも有名ですが、今年は3年に1度の例大祭「大神輿の渡御」が5月25日に行われます。その旨を告知する幟が氏子内の上野公園から上野広小路一帯に掲げられています。
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衆議院特別参観

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すでに終了したイベントですが、平成29年5月3・4日の両日で「日本国憲法施行70周年特別参観」というタイトルで国会議事堂・衆議院で行事がおこなわれました。衆議院、参議院(土日祭休)も一般参観は行われているのですが、今回はタイトル通り”○○周年記念特別”と通常とは参観の場所など大きく異なり、規制の多い写真撮影も殆どなく、普段を知っている身でも充分に楽しめる行事でした。衆議院特別参観は終了しましたが、平成29年5月20・21日の両日で「参議院70周年特別参観」が行われます。衆院と参院は建物内の造りが微妙に異なっており見所も多々あります。
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