旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2019年01月

花園神社・唐獅子

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Ptは1960年代に高倉健さん主演の「昭和残侠伝シリーズ」の主題歌「唐獅子牡丹」  ♪義理と人情を秤にかけりゃ義理が重たい男の世界♪ で背中で吠えたり、泣いたり、呼んだりしている獅子です。唐獅子とは中国伝承の神獣で、ライオンを元にライオンのいないアジアで形象化された神獣となったものです。強く無敵の唐獅子でも体内に巣くう虫(寄生虫)が弱点とされ、これが【獅子身中の虫】です。さらに身中の虫は牡丹の花の露が弱点とされ『牡丹の花園は獅子が安心し眠れる場所』と云われ襖絵などに見られる【唐獅子牡丹の図】はこれを表現しているという事なのでしょう。
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新宿区の花園神社の旧参道には、実は珍しい『唐獅子』の阿吽像があります。本来は中国伝承の唐獅子と朝鮮経由で渡来した狛犬(高麗犬)は別ものだったのが、例によって日本ではいつの間にやら区別が曖昧になったようです。この唐獅子の。案内板には文政4年に内藤新宿の氏子により奉納された雌雄一対の唐獅子像とあり唐獅子像には間違いないようです。唐獅子と狛犬の造作差異は多々あるのですが結構曖昧になっています。ただこの像には特徴的は唐草(?)模様があります。現在の花園神社一の鳥居の一対の狛犬像と比べても随分と姿が違っています。
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江戸博・徳川家康像

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両国の江戸東京博物館に隣接して「徳川家康像」が置かれています。この像は平成6年に江戸消防記念会が建立、東京都に寄贈したものとあります。あれだけ多方面でお世話になったのに東京都内に徳川家康公の銅像ってありましたっけ?台座+亀ではない動物+柱+銅像の高さは5mは確実に超える大作です。台座を支える動物はどう見たって「亀」なのですが、実は中国の伝承にある、龍が生んだ9頭の神獣のひとつで贔屓(ひいき)と云います。この9頭の神獣たちは、贔屓(ひいき)⇒亀に似る。螭吻(ちふん)⇒姿不明。蒲牢(ほうろう)⇒竜に似る。狴犴(へいかん)⇒虎に似る。饕餮(とうてつ)、蚣蝮(はか)、睚眦(がいし)、狻猊(さんげい)、.椒図(しょうず)と文字変換だけでも大変な子供たちで各々が得意分野を有しています。特にこの贔屓は「重いものを負うことを好む」とされます。なるほど家康公の生涯を思うと何となく理解できます。言い回しに「贔屓の引き倒し」という表現がありますが、像の状態から贔屓を引き抜くと全てが崩壊する様からきているそうです。なるほどです(笑)。
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南浦和・雉の氷川さま

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日本の神々はその姿を人前には現さないとされます。そこで多くの神社には神使や眷属と呼ばれる神々の代理として動物達がいて、人間にはない能力を有する動物達が神の使いとして崇敬されることとなったようです。動物達と云っても山系の狐、猿、猪。水系の鰻や亀など様々いらっしゃいます。人間と神使と神々の関わりあいは千差万別、はまってはいくと面白いのですが際限なしです(笑)。
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さいたま市には狛うさぎで知られる「調神社」がありますが、「調神社」から距離にしたら1㎞ほで(最寄りの下車駅はことなります)の「大谷場氷川神社」では「雉/きじ」が神使としています。「雉」は昔から日本人とは関わりが深く”国鳥”なのですが‥。氷川神社といえば東京都や埼玉県限定の神社でご祀神は須佐之男命・奇稲田姫命・大己貴命なのですが、「大谷場氷川神社」では祀神とは関係なく”昔からこの地にはキジが数多く生息していた”ことから神様のお使い(神使)となったようです。神社は京浜東北線・南浦和駅から徒歩3分程、こんもりとした小山の頂にあります。由緒書きには【神使の「雉」は全国的には珍しい】とありますが、まさか調宮が「うさぎ」なのでこちらは「きじ」なんてことはないでしょう。正面左の狛雉は4羽のひな鳥を引き連れていて、右の狛雉はつがいになっています。
【本来は狛犬以外は狛●●とは云わないのですが、面倒なので以後は狛●●としていきます】
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両国の街散策…(2)

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『勝海舟』ってお方はどうにもこうにも困ったお方で、自身の著「氷川清話」には”嘘”とまでいかないにしても都合の良い自己表現に終始しています。それがこのお方の魅力でもありますが(苦笑)。吉良邸跡のほど近く両国公園(本所亀沢町)の一角に「勝海舟生誕の地」の碑があります。最近、勝さんの功績のボードが造られて、ようやく名所・旧跡らしくなりました。生誕の地から離れた墨田区役所の敷地内には「勝安房」の銅像がありますが158㎝のご本人とあまりにもかけ離れてた姿です。
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Ptは両国小学校のある「芥川龍之介」の文学碑です。芥川龍之介の生誕地は中央区の聖路加病院の敷地で奇しくも元禄時代には浅野内匠頭の屋敷があった場所です。母親の産後の肥立ちが悪く生後7か月で両国の芥川家に養子にだされています。とういことで龍之介が通った両国小学校に文学碑があるのは微妙に納得できます。現代だったらワイド・ショーで大騒ぎになるでしょうが、芥川の短編小説には某宗教の説話をパクった”蜘蛛の糸”や短編「鼠小僧治郎吉」と講談の「鼠小僧・雪の小仏峠」がほぼ同じとのパクリ疑惑があります。
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名所・旧跡とは異なりますが、両国と云えばの超有名店「キングサイズ洋品店・ライオン堂」です。【当店はKING SAZEの専門店です.。胸囲・胴囲=100㎝以上。首囲=46㎝以上。足のSAZE=27㎝以上】の表記があります。飾られたパンツの大きい事、流石に相撲の街を象徴するようで関取衆ご用足しの店だけあります。
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両国の街散策…(1)

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回向院から徒歩5分ほど、表通りに面してはいないのですが「本所松坂町公園」があります。ここが忠臣蔵で有名な吉良上野介上屋敷の跡です。現在はその一部が史跡公園として残されていますが、解説板によると吉良上野介義央の屋敷は敷地面積が2550坪(8400㎡)もあり、この「本所松坂町公園」はその86分の1だそうです。いくら隠居したとはいえ高家筆頭のお屋敷が狭いわけがありません。首洗いの井戸は眉唾モノですが、吉良公の像は穏やかな顔つきをしています。
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興味深いのは元禄15年12月15日の事件当日、犠牲となられた吉良家家臣の俗名の碑が造られています。「忠臣蔵」のTVや映画等は、事件の約50年後に書かれた「仮名手本忠臣蔵」をベースとしており日本人の感性に受けるように創作されています。‥【 ”忠臣蔵”は、傷害事件を起こし,法により死刑を執行された加害者の身内が、判決を不服として徒党を組んで被害者の老人を殺害したという事件 】ということです。事件については昔から様々な解釈がされてきましたが、これほど被害者が悪く言われる例も珍しいと云えます。
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両国・回向院…(1)

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陽だまりで毛づくろいをする猫の姿は穏やかそのものです。なかなかカメラ目線になってくれないのですが、この猫は”らっちゃん”という名前のようです。近くの注意書きによると「中性脂肪の数値が上限104のところ385あり”高脂血症”の診断を受けているようです。確かに持ち上げてみるとスッシリと手ごたえがあります。回向院はペットの慰霊も受けてもらえます。さしずめこの”らっちゃん”は猫のお坊様といったところでしょう。
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墨田区両国2丁目の”回向院”は同じ名称のお寺が南千住にもあるため”本所回向院”とも呼ばれています。1657年の江戸の街を焼き尽くした明暦の大火での10万人を超える焼死者を葬るために徳川家綱により造られた「万人塚」が始まりとされています。1781年以降には境内で勧進相撲が興行されるようになり今日の大相撲興行の起源ともされています。1909年には旧の両国国技館(後の日大講堂)が28万円(現75億円)をかけドーム屋根の13000人収容の施設が建設されました。
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回向院隣のマンションの駐輪場(写真のストライプがずれている場所)が旧国技館の土俵跡です。国技館は火災や東京空襲とご難続きで、第二次大戦後は米軍が接収、返還後は日本大学に講堂として使われ1983年に解体されています。その後は蔵前橋際に移転して「蔵前国技館」さらに今の場所に移転しています。回向院境内には相撲に縁のあるお寺との事で1936年に大日本相撲協会により「力塚」が建立されています。
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境内には”鼠小僧次郎吉”の墓があり、Ptのように墓の石材を削って持ち帰るとギャンブル方面に縁起が良いとされることから「欲にかられた人達」で賑わっています。映画や芝居だと千両箱を脇に挟みさらに肩に担いで屋根の上を走る姿が登場しますが冗談ではなく重すぎて腰が砕けます。鼠小僧次郎吉の墓は南千住の回向院にもあり、愛媛県松山市、岐阜県各務原市には恩義を受けたとされる人達により建てられた墓もあるそうです。

宮益御岳神社・狼

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生活圏ではないので殆ど訪れる事のない渋谷ですが、かえって行くたびに街の変貌ぶりには驚かされます。工事中の渋谷駅などはJR、私鉄、地下鉄間の乗換えは迷路その物です。渋谷区渋谷の1丁目に鎮座する『宮盛御岳神社』はそういった街の変遷を見守っていた事でしょう。昔の渋谷は伊勢原への「大山街道」が通り、宮益坂の地名も「お宮さんのご利益にあずかりたいから」と命名されたとの逸話もあるようです。時代の変遷により宮益町が味気ない渋谷1丁目との表記になっても「宮益坂」の名前だけは残っています。
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現在の社殿は東京空襲で焼失した後の再建ですが、創建は室町時代の元亀元年(1570)とされ奈良吉野山金峰山寺から蔵王権現を勧請したことによります。ご祀神は日本武尊・火之迦具土神・大国主命・菅原道真公が祀られ、境内社の不動尊は「炙り不動」として信仰を集めています。御岳神社の神使は「狼」で、こちらの日本狼は実に美しい姿をしています。オリジナルは延宝年間(1600後期)の作品と思われ、経年の損傷により現在はブロンズ製の複製となっています。狼は「阿吽」の形式でやや肉付きがよいいのですが、犬とは異なる荒々しい姿をしています。
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豊洲Oishii土曜マルシェ・初日

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四文字熟語に「羊頭狗肉」というのがあります。羊の頭で目を引いて実際は犬の肉を売るという意味で見かけと実際が一致しないたとえです。
今日(1/12)から3月末までの毎土曜日の予定で豊洲市場内で市場で取り扱われる食材を活用したイベント始まりました。『豊洲市場・新鮮な食材・食べられる』いずれも耳障りのよいフレーズです(笑)。まぁそう思い込むのは当方の勝手でしすが、前宣伝の割には大人の事情で「千客万来」の予定地が使えないのでしょうが、広大な豊洲市場の一角も一角、犬の運動場くらいのスペースとはお笑いです。Pt↑)で青いテントが物販部分ですが豊洲らしいのは青果市場の店と若干の魚介鍋の店舗しかありません。
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多くのスペースを占めていたのが、あのキッチンカーという輩、いつもならビジネス街での店開きですが、企業が休みの土曜なら豊洲へ出張れるってことでしょう。提供食材は『豊洲』で仕入れていますとでも言いたいのでしょうが、イギリス名物の揚げ物屋なんか何しに来たという感じです。まぁ今日が初日ということもあり、知事や江東区長なども駆けつけておりました。TVのニュースでは「新鮮な魚介鍋料理に笑顔の家族連れ」なんて映像が使われるのでしょうが、担当のイベント屋の間抜けさが目立つ初日です(大笑)。
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氏神・鎮守&産土神

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ここ数年は全国の様々な神社に参拝する機会に恵まれています。神社にはそれぞれに由緒があり参拝のたびに「日本の神々と神社」への興味は尽きません。6年続けたこのブログの神社項にも赤面ものの記事が見られます。今年は少しづつでも加筆、修正、削除をしていきたいと思っています。
 神道では氏神、鎮守の神、産土神があり「氏神」とは同地域の住人(氏子)が祀る神々のことで、「鎮守」とは同地域の土地や人々を守る神をいいます。「産土神」とはその人の生まれた土地の神で生涯守護する神のことです。現代では生まれた土地と暮らしている土地が異なるなどで神々が入混じることも多いようです。この基本の基を差置いてパワースポットだの恋愛成就や縁結びにご利益だのご朱印巡りだのは何か違うような気がします。
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何回か記事にしてきた、さいたま市浦和区の一般的には『調(つき神社』ですが『調宮/つきのみや』です。ご祭神は天照大御神・豊宇気姫命・素戔嗚尊の神々です。天照大御神+豊宇気姫命を祀る神社は多いのですが、そこに素戔嗚尊が加わって3神となると意外と珍しいと思われます。そうなると月読命は?と気になります(苦笑)。調宮は神の使いが「兎」であることで知られる神社で、他にも鳥居がないを始め「調神社七不思議」なる伝承があるそうです。昔から煌びやかさには乏しい神社でしたが、神域に欅の大木などは今も変わっていません。
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ブートCDの裏通り・60

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加齢と共に集中力が続かなくなり映像DVDはモチロンの事、CD1枚もキツクなったのですが年末年始は溜りに溜まったヤツをここぞとばかりに聴きまくっておりました。昔々にこの世界に足を踏み入れたころは「スタジアムの外を通りかかったら漏れ聞こえるピンク・フロイド」やら「何がアウトテイクだっ、BBCじゃないかのビートルズ」やらに散々騙されてきたものです。それがまぁ何と云う事でしょう!。2018年12月に発売されたポール爺さんの日本公演の【Original IN-EAR Monitor Recordingなるシリーズ(?)】がエット驚く仕上がりになっていました。最初に登場したのが2018.10.30の東京ドーム・サウンドチェックだったようで、これからして驚きの音源です。
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Ear-Monitor音源ってのはバンドメンバーやPA卓間を飛びかっている無線を傍受したライブ感に乏しい音源の事です。Pt↑)某メーカーの2006年のStonesが最初くらいでしょうか。この時代はかなり貧相な音で正直まともに聴いた記憶がありません。時代は過ぎて2018年、隠密録音はここまで来てしまったようです。特にこのシリーズに「両国国技館」は、正直「これマズイでしょう」のレベルです。
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