旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2019年03月

旧前田家本邸…(3)

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かつて”東洋一の建物”と称された旧前田家本邸には別棟に接待所として使われた和邸があり、Pt↓)のようにスクラッチタイルの洋館と異なる和館がが繋げられています。GHQのマッカーサーはこちらに住みたかったようですが、都心からの距離があること、また屋敷廻りには旧前田藩のラスト・サムライの住まいがあり危険極まりなく断念したとの話もあります。代わりに住んだのが空軍司令長官で、ご多分に漏れず部屋の壁を白く塗りつぶしていました。所詮は歴史文化に疎いアメリカ人のやりそうなことで、被害が少なかったのがせめてもです。
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旧前田邸は前田家16代の住居&接待所として計画され、洋館部分は1階部分は接待所2階部分が住居として使用されています。女中や使用人だけでも約100名。お屋敷を囲むように前田家由加里の人達の住まいがあり、城下町的な構成だったようです。こちらの和館は洋館では日本人の接待には不向きとの考えで造られたようです。現在はちょっと寂しいのですが川の流れる日本庭園なども造られています。面白いもんで池之端の岩崎邸は洋館部分が接待所、和館部分が住居と前田邸とは逆の構成となっています。ちなみに洋館は東京都の管轄、和館は目黒区の管轄となっています。
旧前田邸近くには「日本民芸館」がありますが稀にみるお粗末な施設(入館料¥1100)なのでよほど興味に溢れた人以外にはお勧めできません(苦笑)。
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ブートCDの裏通り・63

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またもや出ましたブート屋殺しのBeatles CDの登場です(笑)。【Rock 'N' Roll Music  Live & Rare 1962- 1966 (10CD Boxset)】アマゾン通販で¥2549(1CD・¥254)というアホみたいなBox-Setです。CD1はデッカ・テープとポリードール音源。CD2が1962のいろいろ。CD3がW/Bのアウト・テイク。CD4,5がBBC。CD6は1964.年のパリとオーストラリア。CD7が1964年のフラデルフィアとインディアナポリス他。CD8が1965年のパリ。CD9は1965年のラジオ音源。CD10が1966年のドイツと武道館。64.65年のハリウッド・ボゥルとシェイ・スタジアムやエドサリバンやGet Back関連がないのが良心的(!)といえば良心的です。これがアマゾン通販ですからねぇ、笑うしかありません!。アマゾンの購入者評価では「海賊盤じゃないか」とか「音が悪いとか」の評価がみられますが、昔からにブート中毒患者はこれだけの音源を収集するためにどれがだけのお金と時間を無駄にし、どれだけハズレLP(CD)に泣かされてきたことか(!)それが10枚Boxで¥2549。あとは愚痴にしかなりません。
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旧前田家本邸…(2)

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前田家本邸のご当主前田利為(としなり)侯爵は七日市藩(群馬県富岡市)藩知事前田利昭公の5男として1855年に生まれ1900年に前田家本家の養嗣子となり16代当主(侯爵)となっています。学習院から陸軍士官学校を1905年(17期)に東条英機と同期で卒業、25歳の1910年にはで貴族院議員さらに陸軍大学(23期)を1911年に卒業エリートコースを進み、1942年4月にには招集されてボルネオ守備軍司令官に赴任、同年9月に航空機事故により最終階級は陸軍大将として亡くなっています。ともかくも加賀百万石の前田家のお殿様の住まいですからPt↑)のご当主の書斎など土佐や山口の成り上がりとはあきらかに雰囲気が異なります。
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元々の前田家の屋敷は現在の東京大学本郷にあり、1926年に当時の東京帝国大学との交換として目黒の地に移転してきました。屋敷の敷地を囲むように旧前田家の家来集の屋敷があり、使用人だけども100名を超えていたようです。16代が若くして亡くなり屋敷は中島飛行機の社屋として使われ、戦後はGHQの宿舎として接収されています。Pt↑)侯爵夫妻の寝室です。侯爵はイギリスでの暮らしが長く、そんなことから家具類は高級家具メーカーのハンプトン社製のものです。
pt↓)は玄関すぐのスペースです。建物は重要文化財の指定を受けてはいますが、写真(フラッシュ不可)撮影は基本的に可能です。光量不足は否めませんが、広々とした客をもてなすスペースの赤い絨毯、蛇紋岩の柱、寄木の床、シャンデリアなどなど丁重に復元作業がなされています。
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旧前田家本邸…(1)

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目黒区駒場の重要文化財の「旧前田家本邸洋館」です。整備のためしばらく休館していましたが、昨年(30.10.27)より一般公開が再開されています。この前田家は”あの「加賀百万石前田家」のことで、明治17年に「侯爵」の爵位とうけた「前田家」のことです。元々前田家は本郷の東京帝国大学の敷地にあり、大学の拡張により駒場の帝国大学の4万坪の土地と交換されこの地に移ってきました。約1万坪の敷地に昭和4~5年に地上3階地下1階の洋館と迎賓館を兼ねる2階建ての和館を建てたのが、前田家16代当主前田利為(としなり)侯爵です。
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ご多分に漏れず前田家住宅の後、中島飛行機の本社だったりGHQに接収されたりの歴史はありますが、丁重に復元作業がなされています。昭和初期の建造物ですが、さすがに加賀百万石の16代当主の住まいで、ニュアンスこそ異なりますが池之端の某家や駒込の某邸とは醸し出す風格が違います。京王井の頭線の「駒場東大駅」から徒歩10分。メトロ千代田線「代々木上原駅」から徒歩15分と割と面倒な所にありますが、出かけてみる価値は十二分にあります。
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小野照崎神社の神使たち

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台東区下谷2丁目の「小野照崎神社」です。フーテンの寅こと渥美清氏が「仕事が順調になるなら、好きなものを断つ」で禁煙に挑戦(!)結果「寅さんシリーズ」の大ヒットとのエピソードで知られていました。ご祀神は『小野篁』と『菅原道真』が祀られ「学問・芸能」の神様として有名な神社です。元は上野寛永寺敷地内に創建され、江戸寛永年間に現社地に移ってきています。さほど広くはない神域には多くの境内末社や重要有形民俗文化財の下谷・富士塚(下谷坂本富士)があり、風雪に耐えた神使の動物たちが神域を守っています。
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鳥居を入ると左にには三峰・御嶽神社には神使の狼がいます。埼玉県秩父を本社とする三峰神社の三峰講は山犬信仰として知られ狼が神使となっています。角が取れたお姿は”以前は狼だった”感に満ちています。
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富士浅間神社は、1828年(文政11年)創建で都内でも有数な歴史のある富士塚だそうです。塚の扉に置かれた「猿」はチョット残念な状態ですが、手を合わせている姿はこれはこれでよい雰囲気です。
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織姫神社と稲荷神社が合祀された境内末社のキツネ像は不可思議な姿をしています。この様なクネクネした姿の狐像はあまり見かけません。この小野照崎神社は東京空襲の被害を免れていたようです。ご祀神の小野篁は昼間は朝廷の官使で夜は閻魔大王のもとで裁判官補佐というとんでもないお方ですから霊力はずば抜けていたのでしょう。
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森アーツセンター・ギャラリーで‥。

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港区は六本木ヒルズ森タワーの森アーツセンター・ギャラリーで開催中の『新北斎展』へ行ってまいりました。連日の大盛況で1時間、2時間待ちは当たり前とのことでしたが、この日は朝から雨で10時半に到着したら待ち時間は何と5分。ガイドラジオ(¥550)を借りて会場へそれでも30分もすると混雑模様となってきました。北斎のデビュー作、初公開、里帰り作品などなど500点近い作品が一挙に展示されています。これだけの作品群となると国や都の主催ではとても無理は話ではないでしょうか?『すんげぇ~』としか言いようがありません。31.3.24迄。必見です!
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