旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2019年11月

大嘗宮一般参観…(2)

191121_07
大嘗宮一般参観とは直接の関係はありませんが、旧江戸城の遺構櫓で残っているのは伏見櫓・巽櫓(桜田二重櫓)とPTの富士見櫓です。江戸城の天守閣は徳川初期の50年間しか存在せず明暦の大火(振袖火事)以降は天守閣の再建はされず、月見の宴や花見の宴などはこの富士見櫓で行われていました。加藤清正家により万治2年(1659)の再建された櫓は石垣の高さは約14.5m、櫓の高さは約15.5mあり江戸城本丸の遺構として貴重な建造物です。
191121_08
11/21は快晴でした。このPt撮影の立ち位置は皇居敷地内からなので簡単に入れる場所ではありません。通常平日の午前午後で行われている参観ツアーではここを歩きますが、この参観ツアーは定員500名の大行列なので撮影チャンスは極々少ないのです。今般の11/21~12/08が「大嘗宮一般参観」と11/30~12/08の「皇居乾通り一般公開」行事のうち富士見櫓下を通れるのは大嘗宮参観ルートのだけになるので撮影チャンスは限られています(笑)
191121_09
今でも再放送が繰り返されていますが、松平健さん主演の「暴れん坊将軍」ってのがあります。実際は徳川8代将軍吉宗の時代には江戸城に天守閣は存在せず。もし天守があったら真黒なので「姫路城」写真を写して「江戸城」と嘘をついてはいけません。大体なんの御用があって三保の松原(静岡)を白馬で疾走しているのでしょう?。まして江戸時代には白馬のサラブレッドなどいません(笑)。

大嘗宮一般参観…(1)

191121_01
11/14・15で行われた「大嘗宮の儀」での大嘗宮の一般参観が今日(11/21)より始まりました。通例では大嘗宮は大嘗宮の儀が終了すると即刻取り壊されるのですが、今般は広く一般の参観ができる事となりました。11/21~12/08が「大嘗宮一般参観」で11/30~12/08が「皇居乾通り一般公開」と2つの行事が行われます。並行日程のように感じますが、11/30以降であれば乾通り&大嘗宮もみられることとなります。
191121_02
さて、今日は”空いていれば”という事でPM12:15に手荷物検査場に着いたのですが、なんと手荷物も身体検査も待ち時間なしで通過できました。大嘗宮見学コースは【坂下門前で手荷物&身体検査を受け=入口は坂下門です=宮内庁庁舎を左に見て=富士見櫓方向へ進みます=ここから東御苑敷地に入り=大手中之門の坂道を上り=中雀門跡から本丸御殿跡へ=ここから大嘗宮は見えます=思いの外大嘗宮近くまで接近できます=大嘗宮裏手へ廻り=帰路は北跳橋門から退出、梅林坂を下り平川門もしくは大手門から退出となります】ゆっくり歩いても検査完了後からなら1時間はかかりません。
例年なら同神事は「新嘗祭」と呼ばれ宮中で非公開で行われます。「大嘗祭」は新天皇即位時のみでその為の宮が造られる特別な神事です。恐らく私たちの多くは次の大嘗祭を見ることはないでしょう。そういう意味でもチャンスです!
191121_03191121_04191121_05

國學院大學・大嘗祭

191120_03
5月からの「践祚」・「即位儀」と続いた皇室行事も先日の「大嘗宮の儀」をもって一段落感となりました。メディアでの一連の報道で新天皇が初めて行う「新嘗祭」の規模を拡大して行われるの「大嘗祭」との違いは明確になったようです。大嘗祭のための「大嘗宮」は祭祀が終わると直ちに壊されるのが通例でしたが、今般は取壊しを遅らせ「大嘗宮」が一般に公開されることとなりました。そうなると例年の「秋の乾通り」以上に多くの見学者が予想されます。
191120_02
という事で渋谷の國學院大学博物館で公開中の『企画展・大嘗祭』…11.01~12.15…へ行ってまいりました。JR渋谷駅新南口から15分程度歩きますが博物館は道路に面しすぐに見つかります。國學院大学。さすがに神道系の神職養成機関として造られた学校だけあって大嘗祭関連の展示ばかりではなく他の展示についてもレベルの高さは驚きです。展示内容を理解していくには膨大な知識量が必要でしょうが大嘗祭関連の展示だけでも充分に楽しめます。多くの展示は撮影禁止ですが数点はOKです。Pt↑)は大学所蔵の近世大嘗宮ですが一般的には表からなので裏からを撮ってみました。
191120_04
Pt↑)は博物館で購入できる資料集です。神道系の大学だけあってかなり濃いです。実はこの他に教授による講義集があったのですが、さすがにそこまでいくと理解するのには一筋縄ではいかないようです(笑)。

支笏湖・秘湯・露天風呂

191109_01
【2019 秋北海道 終】 札幌市内から真駒内経由で1時間弱で支笏湖に到着。この湖は最大深度が約360mもある「日本最北の不凍湖」です。千歳市側湖畔には数軒のホテルが並ぶ支笏湖温泉がありますが、湖の反対側の湖畔に創業は大正4年という温泉ホテル1軒だけあります。昔から札幌の旦那衆がクラブのネェチャンとお忍びで来る温泉場として知られていたので、いつかはと思っているうちに歳を重ねてしまいました(涙)。Pt↑)が有名な露天風呂です。落葉の季節は掃除が大変だそうでちょうど落葉掃除が終わったばかりでした。
191109_02
午前の時間なので入浴客は少なく、フロントで¥1000(入浴のみ)を支払い館内を進みます。露天風呂は2ヶ所あり1か所は天然石で囲まれ温めの湯で足元から温泉が湧いています。風呂の水位は支笏湖の水位に合わせて変化し160㎝超の深さにもなるようです。内浴場は温め・中・熱めの3つの浴槽と露天風呂となっています。内大浴場から外露天風呂間は数十m離れていてマッパで歩くには寒く冬場は通路が凍結してしまうそうです。
191109_03
天候に恵まれれば内浴場の露天風呂の方が絶景です。本来は風呂場内部は撮影遠慮ですが入浴客が少ない時間だったので隠し撮り的に撮影しました(笑)。そんな事情から施設名は伏せますが良く知られた温泉ホテルです。ロビーには宿の歴史がパネル展示してあります。大正4年の創業は北海道ではかなりの老舗旅館と云えます。今回の行程では新千歳空港・万葉の湯(温泉)・更別温泉福祉の湯(温泉)・アポイ山荘(×温泉)・鵡川温泉四季の湯(温泉)支笏湖と立寄り湯は5軒と少なめとなりました(苦笑)。
191109_04

旭山記念公園・2019 秋

191108_05
【旭山記念公園・2019 秋】札幌市中央区堺川の「旭山記念公園」です。今年の札幌の秋は暖かく例年なら冠雪している手稲山に積雪はありません。ニュースをみると今年の秋は札幌や函館で大量の「雪虫」が発生したようです。雪虫って語感は良いのですが「けやき節アブラムシ」というこの季節に発生する昆虫です。大量に発生すると雪がチラついているように見えるので「雪虫」なのです(当然ながら中島美嘉の「雪の華」とは違います)。「雪虫」が飛ぶと数日で初雪、短い北海道の秋は終わり、雪の季節に変わっていきます。
191108_04
旭山記念公演は「旭山動物園」と混同されますが動物園は旭川です。札幌市創建100周年記念事業として1970年に開園、リニューアル工事期間を経て2009年に完了しています。公園近くに羆が出て立ち入り禁止の年もありました。秋らしく気持ちよく晴れた朝の札幌です。今回は風邪気味で新千歳~旭川~富良野~幕別~襟裳岬~鵡川~小樽~札幌、支笏湖経由で空港へTTL1000㎞の走行は例年の半分で終了です。年ごとに気力・体力の衰えを感じています。来年もこの公園に来られるでしょうか?
191108_02191108_01191108_06

JR札幌駅・北と南

191107_01
大学生の頃に訪れた札幌駅と今の札幌駅は別物と云っても良いでしょう。2003年の南口の駅ビル/JRタワーも完成は札幌の商業圏を大きく変えてしまいました。以前は札幌の商業圏は大通り公園近辺でしたが今や札幌駅付近の大丸デパート+複合商業施設+JRタワー+南口地下街の巨大な商業圏にシフトしてしまいました。確かに雪の季節のある札幌で外に出ないで買い物や食事ができるならそれに越したことは無いでしょう。そういえば記憶にあるだけでも薄野の松坂屋は複合商業施設に「五番館百貨店」は廃業、「そごう」はビックカメラへと、3軒のデパートが消えた街も珍しいでしょう(笑)。
191107_03
大きな変貌を遂げたのはJRタワーを擁する南口ばかりではなく北口も大きく変貌しています。昔の北口は如何にも裏口的に地味で駅前には観光バスの待機場、有名予備校が林立し「親不孝者」がウロウロしていました。頭の良さそうなのは「北大生」です。5分もあるけば多くが昭和の民家といった感じの場所でした。それがまぁ変われば変わるものです。 Pt↓1)朝の駅北口の様子、高層ビルは南口のJRタワーです。2)名だたる予備校はいまでもあるようです。3)南口駅前。正面はセンチュリー・ロイヤルホテル。最上階の回転レストランは今でも営業しているでしょうか?
191107_02191107_05191107_04

北大銀杏並木・2019

191106_01
『カラスの行水』という表現があります。カラスの水浴びがとても短い事から、風呂に入ってもすぐ出てきてしまう”入浴時間が短い事を例えた表現です。なんでもカラスはきれい好きで毎日きちんと水浴びをするそうです。カラスは国内どこでも見られる鳥ですが「毎日のように水浴び」といわれても見たことがありません。それが北海道大学構内で偶然にお目にかかりました。実際はもっとの集団だったのですがカメラを向けると飛び去り三羽ほど残っています。確かに早い!
191106_03
今さらですが北海道大学は札幌駅の北口から徒歩7分ほど。広い構内には明治9年(1876)創設時の札幌農学校時代の建物が残っています。この道を進み左に曲がって更に行くと札幌市時計台、北海道庁旧本庁舎と並ぶ観光名所と紹介される「北海道大学ポプラ並木」があります。最も時計台とポプラ並木は期待して訪れると100人が100人唖然としてがっかりするシロモノで、度重なる台風の被害を受けたポプラ並木は壊滅寸前という姿になってしまいました。
191106_02
さてお目当ての北大銀杏並木です。大学の北13条門から西へ約400mの道に70本の銀杏が植えられています。神宮外苑とことなるのは黄金色に色づく銀杏ばかりではなく赤や朱の紅葉が入り混じり、複雑に絡み合うコントラストを構成している事です。9月に大雪山に始まった紅葉の波が10月下旬には札幌へ押し寄せてきます。今年の夏が熱かろうと涼しかろうとこのスケジュールには狂いはありません。相変わらずの人出です。この道路は交通量が割と多く今年は車道との間に簡易フェンスが造られていました。【注)これらの写真は10/28に撮影しました】
191106_04

小樽の時間…(2)

191105_07
この景観が有名な「小樽運河」です。笑い話ではなくここでは画像の中に外国人(中韓)が写り込まない写真は不可能です(笑)。小樽の街が観光政策に特化している様は思った以上です。歴史ある建造物は「都市景観賞」なる勲章を持ったレストランに化け北一ガラス店近くの通りは鎌倉小町通り以上に土産店や食堂が軒を連ねるようになり、その店舗数は年々増えています。「北国」という語感、ノスタルジックな街並み、美味しい食べもの等々、観光地としての魅力が盛りだくさんです。一年を通して観光客で賑う街は北海道でも貴重な存在となっています(笑)。
191105_09
小樽運河は小樽が海運の街として栄えた時代に造られた海運作業の艀溜まりでした。小樽港が整備されると役目を終え観光スポット的な景観に変貌してきます。記憶では昭和40年代には運河幅も広く遊歩道などなく。橋の上からボーッと見ていたように思います。遊歩道ができ、街灯が整備され、夜間のライトアップや遊覧船まであります。小樽は大都市の札幌から1時間で全く雰囲気の異なる古のかおりが残る街です。誰であれ懐かしさに溢れた景観なのでしょう。
191105_08
運河遊歩道にはこの街をテーマとした歌の歌碑があります。石原裕次郎(1983)の  ♪夕陽とかした 海に染められて ♪  の「俺の小樽」とさらに古い1967年の鶴岡正義と東京ロマンチカの  ♪逢いたい気持ちが ままならぬ♪  の「小樽のひとよ」です。石造りの建物は「小樽市総合博物館運河館」です。明治26年の旧小樽倉庫を利用して小樽の自然や小樽の歴史が展示されています。無料の観光案内所は賑わっているものの博物館(有料)には誰もいません。小樽観光の現実です!
191105_10191105_11191105_12

小樽の時間…(1)

191105_01
いい天気なので小樽へ行ってみることにしました。小樽へ電車で行くのは本当に久しぶりで、JR札幌駅からは約40分(¥750)の距離です。道内でも函館・札幌・旭川駅などは駅の改装や改築が進み昔の印象は記憶でも薄れています。小樽駅舎は内部はともかく外観は変わっているように思えません。なにかとても懐かしい気持ちにさせてくれます。
191105_02
小樽駅ホームに石原裕次郎氏のパネルが飾られていました。2017年で閉館してしましたが小樽には「石原裕次郎記念館」がありファンのおばさま方で賑いました。裕次郎氏は父親の勤務の関係で3歳から6年間を小樽で暮らしたので小樽=第二の故郷=裕次郎記念館となったようです。「石原裕次郎」時の流れと共に当時を知る人が減っていくのはやむを得ない事です。
191105_03
小樽は坂の街。Ptは小樽駅から海方向です。駅後方には天狗山があり駅から坂道を海へと下る商店街やらあり、さらに下ると小樽運河や明治・大正・昭和期の歴史的建造物が多数あります。北海道の港湾として栄え、政治や経済の中枢が札幌へ移った後も例年市町村魅力度ランキングでは上位にランクする都市として人気があります。
Pt↓)は駅近の「三角市場」という築地場外的な商店街です。元々昭和20年代の小樽駅前の少数の露天から一般市民向けのる商店街となったようで最盛期には50店舗以上の店舗があったそうです。
191105_04191105_05191105_06

北海道庁旧本庁舎・朝

191104_03
通勤時間にはやや早い朝の「北海道庁旧本庁舎/赤れんが庁舎」のです。前項より15分程経過し旧道庁の建物に太陽光が溢れるようなりました。今日は快晴となる模様です。何故か旧道庁に来るのは初めてなのです。そういえば札幌でも藻岩山山頂、札幌ビール園、札幌ファクトリーなども「いつでも行けるから」とその機会を逸しています。現在、赤れんが庁舎は総工費78億円のリニューアル工事中です。外観はみられますが工事の完了は2023年3月(予)と4年後です。となると完成後の再訪は可能なのか考えてしまいます。
191104_01
約250万個のれんが使い、地上2階・地下1階の庁舎は明治21年(1888)に初代が完成し現在の新庁舎が完成するまで約80年間の年月北海道の道政の中心となっていました。昭和42年(1967)には国の史跡指定、昭和44年(1969)には重要文化財の指定を受けています。「札幌時計台」と「旧道庁庁舎」は札幌を象徴する建物であることに異論はありませんが…。
191104_02
Pt↓)の資料によると庁舎は明治21年(1888)にアメリカン・ネオバロック様式の建物として完成しています。明治42年(1909)に火事により建物内部と屋根を焼失してしまい、明治44年(1911)に復旧工事が完成すると外観がドイツゴシックスタイル変更されてしまいす。その後、建物の永久保存が決ると昭和43年(1968)のリニューアルでは創建時の外観に復元されています。まさに建物に歴史ありです。
191104_07191104_04191104_05

赤れんが庁舎への道

191103_01
面白いもので何年も何回も札幌の街は訪れているのですが、観光スポットとして知られていながらも行ったことのない場所があります。「旧北海道庁赤れんが庁舎」も通りかかるだけの建物でした。札幌駅から歩いても数分、駅前通りから北3条通りを曲がれば正面に見えてきます。確か庁舎前のビルには某航空会社札幌支店があってよく通っていたはずなのですがどうにも記憶が曖昧になっています。
191103_02
この通りは平成26年(2014)に江別産の赤れんがを敷き詰め「札幌市北3条広場/アカプラ」として完成、銀杏並木とライト・アップなどはいかにもの観光スポットとなっています。この先が赤レンガ庁舎の正門です。リニューアルのため2019年10月から休館となっています。Pt↓)正門前には昭和3年設置の「北海道及び札幌市の道路元標」があり北海道&札幌の道路はここを起点として始まっていることになります。
191103_03191103_05191103_04

アポイ山荘・2019秋

191102_07
襟裳岬から車で1時間、日高耶馬渓なる景勝地を過ぎた様似町にあるアポイ山荘です。太平洋を一望する丘の上にありアポイ岳への登山口ともなる宿泊と日帰り入浴(X温泉)施設です。晴れた日の太平洋の眺めはお気に入りの1ツです。今日は休養日なので風呂の入って昼寝しての一日にはずが、台風の影響で出漁できない漁師さん達で大賑わいでした。台風が小笠原沖あたりから海が荒れだし通過後もしばらくは海の状態は良くないのだそうです。敬老会なのでしょうか広間に10数人が集まって昼間からの宴会状態で酔うほどに大声になり賑やかを通り越してうるさい事うるさい事(!)。  様似町は地質学的にはユーラシアプレートと北米プレートがぶつかる場所といわれ「アポイ岳ジオーパーク」が売りなのですが、この「ジオパーク」ってやつが「嘘くさい世界遺産」ほどの認知度がないのが残念至極です。  Pt↑)露天風呂は強風でとてもはいっていられる状態ではありませんでした。
191102_08191102_09191102_10

襟裳岬・2019 秋

191102_01
襟裳岬・2019秋です。風邪気味の体調が悪化し襟裳では寝込むはめとなりました。10月末なのに襟裳岬は暖かくは夜でもストーブが不要でした。襟裳岬地区ではこの数日前からエゾ鹿猟が解禁となり、宿泊ホテルにもハンターの方々が宿泊していました。日の暮れた百人浜を走っていると道路を鹿の群れが横切っていきます。衝突したら車は当然大破で命の保障もありません。聞けばこの鹿たちはハンターの危険を感じると遥か山の方から発砲が厳禁されている民家の方へ避難してくるそうです。誰に教わった訳でもなくかなりの知恵ものです。
191102_02
写真では捉えることはできませんが風速10mを超える風が吹き荒れていてカメラを構えても風で飛ばされそうです。以前にはこの上空を金さんの飛行体も飛びましたが、この岬は低気圧の通り道で午前と午後で風向きが異なります。台風の影響がまだ残っているのでしょうか、海も荒れ気味です。去年も一昨年もその前の年も岬から見る景色はなにも変わっていない様な感で時の流れが穏やかな様な気がします。
191102_11
地図で見るとほんの僅かな距離ですが、えりも本町とえりも岬では約20分/2車の距離があります。国道沿いには”北緯42°地点”の標識が造られています。カーナビを設定すると”暫く道なりです”以降は3時間以上一言もなく故障かと勘違いしてしまいます。実際、新千歳空港からえりも岬は東京~静岡の距離に相当します。
191102_03191102_04191102_05

忠類ナウマン象記念館…(2)

191101_07
さすがに北海道だけあって「忠類ナウマン象記念館」は広い公園の一角に在り公園敷地内には記念館やJA忠類直売所やナウマン温泉ホテルアルコ236等が点在しています。Pt↑)のナウマン象記念館は化石発掘を記念して1988年にオープンしています。失礼ながら北海道・十勝・幕別町というには似つかわしく無いご立派な記念館です。資料によるとこの建物は中央のドームがナウマン象の胴体、左右の展示室が足の部分、正面玄関が頭部、玄関へ続く歩道が像の長い鼻と牙で全体として像をイメージしたとありますが、ごめんなさい!全く分かりません(苦笑)。
191101_08
Ptは記念館内展示のマンモス親子の復元模型です。新千歳空港近くの北広島市では1975年ごろに絶滅したとされるマンモスの臼歯が見つかっています。後年この発見の中にナウマン象の臼歯が混じっていると考えられ、約45000年前の北海道にはナウマン象とマンモスが共存していた可能性があったようです。そんなことから復元模型の展示があるようです。”シベリアで冷凍マンモスを発見”とのニュースを思い出しますが、こんなのが冷凍保存だったんですねぇ。何時もであればナウマン温泉で入浴休憩をして記念館はパスしてたのですが今回は施設点検中で入浴できず結果ゆっくり見られました。
191101_09191101_10191101_11

忠類ナウマン象記念館…(1)

191101_01
幾寅から先トマムICから道央高速で帯広芽室IC、さらに無料高速を走り忠類へ向かいます。無料高速区間は大樹町まで開通し帯広JCT~忠類は約20分程短縮となります。昨晩の地元ローカルニュースで「忠類で発見された化石たち~忠類ナウマン象化石の里帰り」の特別展が開催されているのを知りました。ナウマン象記念館の存在は知っていましたが、いつもは隣の「ナウマン温泉」へよ寄るばかりで入館したことはありません。せっかくの機会なので立寄ってみました。平日の午後の事なので予想通り見学者は誰一人おりません。
191101_02
Pt↑)は館内展示の全身骨格ですが当然レプリカです、足元に横たわっているのが今回里帰りした牙部分の化石で殆ど黒色です。ナウマン象化石は昭和44年(1969)7月に博物館から数キロ離れた場所で農道の工事中に骨格の70%以上の47個の化石が偶然に発掘されかなりの話題を集めました。発掘から50年を経過した今年、特別展として里帰りとなったようです。聞くところによると普段は札幌の博物館のそれも倉庫に保管されているようなので一般公開としては貴重なのです。象の化石の記念館とはパットした印象は受けませんが、見学してみるとこれがどうして”数万年前の北海道にはこんな輩がウロウロしていたのか””と感慨深いものがあります。
191101_03191101_04191101_05

南富良野・トラ駅

191031_01
旭川が寒かった分、富良野ではそう寒さを感じません。昨日から曇天で大雪山系の雪景色もなく、そうなると富良野には単調な景色しかありません。日本TVのドラマ「北の国から」が放映されたのは1981年10月から1982年3月まで2002年のスペシャル特番をいれても最終話から21年過ぎた事になります。ドラマに憧れた誰もが思い浮かべる富良野の景色(ほとんどは美瑛)が煌めくのは僅かな期間だけで圧倒的にはごく普通の北海道の田舎街です。富良野の曇り空には浅田次郎の作品で廃線間近のローカル駅の高倉健演じる駅長の物語と舞台なった幌舞駅(幾寅駅)の景色がお似合いです。
191031_02
そうは云ってもこの「鉄道員/ぽっぽや」の映画公開も1999年6月のことで遥か昔の感も否めません。映画の撮影もこの根室本線「幾寅駅」を改装して映画上の「幌舞駅」としています。駅舎内には映画撮影から20年が過ぎても関連展示が多く残されており興味深いのですが、駅舎に貼られた「熊出没注意 7月12日出没 南富良野町」にはドキッとさせられます。駅舎隣には撮影で使用された列車と駅前食堂も残されていますが、観光に特化した駅舎には売店はおろか人の気配すらありません。4・50年前ならこんな感じの駅は珍しくもなんともなかったのですが…(苦笑)。
191031_03191031_04191031_05

月別アーカイブ
  • ライブドアブログ