旅の案内人・リターンズ

「NPO江戸東京文化研究会」のスタッフ日記です。観光案内にないような話も…

2020年12月

Box setはお買い得?…(15)

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ジミ・ヘンドリックスの【ライヴ・イン・マウイ・完全生産限定盤・2CD+BD】をDocomoポイントで手に入れました。日本盤が¥6600、輸入盤が¥3800と困ってしまう価格です(苦笑)。記憶にある映像では、風が強くバンドは集中力欠ける演奏だったのですが…。さして珍しい音源ではないのでBootを凌駕する内容を期待しますが、元がもとですから…。Pt↑は権利関係で写真が使えない(?)だろうイラスト・ジャケは、1st Showが10曲、2nd Showが8曲のキツメの音質でかなり以前のモノです。最近の某店舗のブツはアナウス等を含む音質は進化しての1st Showが11曲、2nd Showが9曲です。
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Jimiの死後、数々の音源が登場したり古い音源がリストアされていますが、Jimiについては驚きのライブ盤は無いようです。Pt↑)の【The Jimi Hendrix Concerts】と【Hendrix in The West】は寄せ集めライブ盤ながら両CDとも出来の良いライブ音源集です。この2枚は「上」の部類です。
Concertsは廃盤、in The Westは後年の再編集盤では音源差替えがあったりしていますが、Johnny Bからのが旧盤はいまでもお気に入りです。
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オフィシャル盤でもオリジナル盤、拡大盤、リストア盤とありブート盤や正体不明盤まで入れたらどれだけの作品があるのでしょう? Pt↑)は1968年10月10・11・12日のWinterland 3daysの2公演の計6CDのBoxセットです。№ 2000/1638とありますが当然ガセでしょう。Winterlandは後年.エディ・クレイマーによる4CD Boxが登場しましたが、枚数が多い分ボツ曲も収録されています。普通に聴く分にはオフィシャル4CDからのダイジェスト1CDで充分かと思います。正直にいうと6CD Boxは数年前に1回聞いただけです(苦笑)。
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Winterland 6CDと同様に1969.12/31、1970.1/1のBand Of GypsysのFillmore Eastの6CD Boxです。№2000/1699とガセ番号があります(苦笑)。個人的にはJimiの経歴ではGypsysが最強と思います。オフィシャル盤はWinterlandと同様にオリジナルCDから始まって5CD盤迄拡大しますが、やはり1CDに凝縮されたCDで充分でしょう。このBand Of Gypsysは最初のLP盤ではボロクソ評価だった事を思い出しました(苦笑)。

本庄・金鑚(かなさな)神社

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児玉郡神川町には「武蔵二宮金鑚神社」があり本庄市千代田にも同じ社名の「金鑚神社」が鎮座しています。神川町の金鑚神社を訪れた帰路に本庄・金鑚神社前を通りかかり、いずれ来てみようと思っていました。神社は本庄駅から徒歩20分程度の歩ける場所にあります。Pt↑)鳥居の神社扁額には東松山の箭弓稲荷と同様な屋根状の囲い(?)が付く珍しい形式になっています。
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社伝によると欽明天皇2年(541?)に武蔵七党・児玉党の氏神として創建、以後本庄城主の信仰が厚かったとあります。社殿は本殿が享保9年(1724)、拝殿が安永7年(1778)、幣殿は寛永3年(1850)再建のいわゆる”権現造り形式となっています。ご祀神は天照大御神・素戔嗚尊・日本武尊とあり神川町の武蔵二宮は「御室山」を神体として天照大御神・素戔嗚尊が祀神なので、こちらでは武蔵二宮を創建した日本武尊が祀神に加わっています。
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今年は中止となりましたが11月の例大祭の「本庄祭り」では各町内からの北関随一と称される山車の曳き回しが行われます。神社にはカヤ、モミ、大門、金鑚神楽等々の本庄市指定文化財があり、特に樹齢約350年以上と推定される幹回り5.1m、高さ約20mの御神木の楠木の巨木は埼玉県指定の天然記念物となっています。【左の巨木が楠木、右はカヤです】
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古社だけあって摂社の数は多いようです。驚きかつ感激したのが神社裏の松の木にあった「蝉の抜け殻」です。抜け殻自体はそう珍しいものではありませんが、この枝だけで8個残っています。蝉の変身は7月ごろなので12月になっても残っているのはかなり珍しいでしょう(笑)
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埼玉・本庄・蔵の街

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埼玉県本庄市の話を聞いて出かけてみました。本庄市は県庁所在地のさいたま市(浦和)までJR高崎線で70分、群馬県の高崎までJRで20分の【小手をかざせば群馬県】です。誘致した早稲田大学は在来線駅から3㌔以上も離れ上越新幹線の「本庄早稲田駅」なので新幹線通学ですかねぇ。この街一の高層建築は市役所で旧本庄城跡のようです。歴史的には有力な武士団は皆無で江戸時代には本庄藩が廃止廃城となり、却って宿場町の繁栄となった要因のようです。城は「城山稲荷神社」周辺のようですが、なんとまぁ残念至極な姿となっています。 【Pt ↓】
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江戸時代は京都までの69宿場の「中仙道」の大規模な宿場町として栄えました。明治16年に上野~高崎間の鉄道が早々に繋がり河川利用での舟便は本庄までは可能で、そんな事から上州よりの絹製品の集積場としても繁栄していきます。更に大東亜戦争末期では熊谷や伊勢崎桐生ほどの軍需工場がなく空襲被害にあわず古い街(というより家屋)が残りました。
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市が作成するパンフレットやマップは充実していて一日での観光は無理かも知れません。Pt↑は「旧本庄警察署」の建物です。令和2年2月迄は歴史民俗資料館でしたが閉館となり現在は見学不可でした。明治16年(1883)の建築で明治洋風建築に特徴が見られます。この形式の建物は現存率が高く珍しくはないのですが外観から見て状態は良いようです。
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Ptは明治29年完成の「旧本庄商業銀行の寄棟瓦葺二階建て煉瓦造の倉庫」で「本庄レンガ倉庫」として開放されています。本庄商業銀行は明治27年に絹製品の集積地とした繫栄し始めた時代に開業。倉庫は貸付金の担保物件の絹製品を保管しておくために建てられたもので、1997年6月に国の登録有形文化財建造物に指定されています。
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室内は展示施設になっています。以前は地元のローヤル洋菓子店の店舗兼工場だったそうです。元々繭や糸を収納する倉庫なので大きな窓は通風を考慮したものでしょう。壁には漆喰が塗られたようで、壁の白い部分は剥がした跡です。壁はかなりの厚さで造られ富岡製糸場の木造に煉瓦貼りと異なり現代の耐震構造的にも問題はないそうです。一大煉瓦生産地であった深谷が隣町ですか建材の入手も容易かったのでしょう。展示は金讃神社の山車の模型です。
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倉庫2階には展示物等はなくピアノが2台置かれ多目的ホールとして運用されているようです。屋根裏の構造が丸見えで、三角形を組み合わせた強度の強いキングポストトラスト構造になっています。明治29年ならば建設作業員は洋建築など殆んど知らないはずですからと感心してしまいます。
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毎度の如く駆け足となってしまいました(苦笑)。Ptの自販機の絵は本庄市のゆるキャラ「はにぽん」です。市内で発掘された「笑う盾持人物埴輪」を題材としてた埴輪と本庄で「はにぽん」です。2016年のゆるきゃらグランプリで2位だったそうで侮れません。

鷲宮(わしのみや)神社…(4)

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久喜市周辺には数社の鷲宮神社があり、他社との区別の為「武蔵国鷲宮神社」と称し社標もその記載になっています。「関東最古の大社」や「お酉様の本社」と云われ、御祀神には天照大御神と須佐之男命の直系で稲穂、養蚕、木綿等の農業神として信仰される天穂日命(あめのほひ)とその子供の建比良鳥命(たけひらとりのみこと)と合祀神が9柱。さらに大己貴命(大国主命)が「神崎神社」に祀られています。
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この地に来た出雲族が大国主を祀り後に日本武尊が
天穂日命と建比良鳥命を祀ったとありますが「延喜式神名帳」などにも記載がない為、創建の異説もあるなど”ややこしい”所もあるようです。この神社には”なんで?”という所が結構あるのですが…。上のPtでテント右の建物が拝殿です。玉垣で見えませんが奥が二つの本殿です。鰹木の数が少ないのが大国主を祀る「神崎神社」で、多いのが「鷲宮神社」です。高天原系と出雲系は一緒ではないという事です。
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拝殿・本殿と向かい合う「神楽殿」です。ここでの神楽は「鷲宮催馬楽神楽(わしのみやさいばらかぐら)もしくは「土師一流(はじいちりゅう)催馬楽神楽」とも呼ばれ、昭和51年に国の重要無形民俗文化財に指定されています。神楽では『古事記』や『日本書紀』などの神話を題材としており、鷲宮神社の神楽は関東神楽の源流であると言われるようです。
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拝殿からは「神崎神社」と「鷲宮神社」の2社をお参りする事になります。拝殿には「社額」がありません。さらにはこの二社は南向きになっています。地形的には平坦地で河川がある訳でもなく敢えて南向きな理由が良く判りません。参道の神木は大丈夫なのかと思う位に剪定されています。
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一世風靡した「らき☆すた」の名残り(?)です。風化して脱色した絵馬は凋落を表現しているようです。漏れ聞いた話なので確証はありませんが、神社と氏子の関係が宜しくないようです。勘ぐってみれば、2018年に倒壊した鳥居の再建が未完なのはそんな理由があるのかも知れません。
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古社だけあって神域には姫宮神社・八幡神社・鹿島神社・稲荷社・神明神社・粟島神社・諏訪神社・八坂神社・久伊豆神社・御池社があります。御池社は龍神が住む伝承の光天之池にありこのあたりに縄文人の集落があったようです。鷲宮神社は神社名や祀神の変遷が多彩で知らない神名が次々と登場します。
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12月の寒い日だったので、恐らく埼玉一の高温の温泉「百観音温泉」に寄って来ました。神社からだとやや便が悪く伊勢崎線鷲宮⇒(1駅)⇒久喜(乗換え1駅)⇒JR東鷲宮⇒徒歩5分となるのでTAXI(¥1100)で移動です。平日の割には大層な混みようで密状態した。冬場の46.6℃の温泉は夏場に比べて苦にはならないのですが流石に…(笑)。

鷲宮(わしのみや)神社…(3)

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2018年07月以来の埼玉県久喜市の『鷲宮(わしのみや)神社』です。神社手前の交通量の多い割には信号のないT字路から見ると”なるほど”と思るのですが、この場所から以前は見えた鷲宮神社の大鳥居が見えましが、この鳥居は残念ながら平成30年(2018)8月に原因不明(台座部分内部の腐敗?)で倒壊しています。
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Pt↑)は2018.07の撮影です。この立位置が明治年間に一の鳥居があった場所のようで、奥に見える鳥居は明治30年に二の鳥居として造られたようです。この鳥居は珍しい範疇の形式で如何にもの古社の雰囲気でしたが現在は倒壊したままで神社由緒書と鳥居の台座のみが残っています。
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案内によると鳥居の再建計画は進行中で、令和3年の秋ごろ竣工予定とあり奉賛を願う旨の掲示がありました。知る人ぞ知るこの神社は2004年頃からの漫画&アニメの『らき☆すた』に登場神社のモデルとして知られ、一時は県内では大宮氷川さんに次ぐ参拝者で押すな押すなの大人気だったこともあり、まして埼玉屈指の古社なので氏子も多く再建は容易と思っていましたがどうにも実情はそう簡単にはいかないようです。
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【Pt↓ 以前はこんな鳥居がありました】

動物園でなく動物公園!

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専門的な事は良く判りませんが「ホワイト・タイガー」はベンガルトラの白変種で、先天的な遺伝子疾患のアルビノとは違います。太古の氷河期に環境に順応して白くなった体色が遺伝子の奥深くに組み込まれ、氷河期以降も極まれに「白遺伝子」が現れるのが理由で、虎を白く塗って黒縞を書いたのではありません。ベンガルトラとトラの亜種は絶滅危惧種に指定され、特にホワイト・タイガーは保護施設にいる個体が全世界で約250頭あまり、日本では30頭が動物園で飼育されています。
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この園では2013年に4頭の子供達が生まれています。「スカイ」と名付けられた1頭は先天的に「膝蓋骨内方(しつがいこつないほう)脱臼」という障害を持ち世界でも稀有な膝の手術が行われ、その旨が詳しく掲載されています。飼育されているトラ達の血の近い交配により障害を持つ個体が生まれているのかも知れません。人間の都合だけで交配して飼育して公開して人気を得て…。なんか考えてしまいます。
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東武動物公園はやたらと広く総面積は61㌶あり宮代町と白岡市に跨っています。開園は昭和56年(1981)、東武グループの「東武レジャー企画(株)」の経営となっています。伊勢崎線沿線の群馬茨城に近い埼玉ですから61㌶の土地が確保できたのでしょう。2003年より「ハイブリッド・レジャーランド」を掲げているようです。この会社はアーバン・パークライン、スカイツリーラインだのハイブリッド・レジャーランドだのと住民が恥ずかしくて口にしない名称を付けるのが好きです(笑)。 
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1200頭もいるらしい動物達は圧倒的に「ヒラ社員」で、ホワイト・タイガーが「部長クラス」、それ以上の大物は不在です。この辺りが「動物園」ではなく「動物公園」の理由なのでしょう。遊園地の方が施設としては充実していて、未就学児童のいるファミリー層や中・高校生の健全デート向きといった感じです。そういえばこの日は期末試験明けの群馬や茨城あたりの高校生が目立ちました。
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杉戸じゃねぇか…。

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毎朝、定刻になるとご飯を食べにくる猫たちがいます。多い日には黒猫が4匹、白猫が3匹。まぁよく食べる連中です(笑)。何気に白猫を見ていると「そういやぁ東武動物公園には”ホワイト・タイガー”ってのがいたなぁ」と思い当たり出かけてみました。  [アクリル板に人影が写りこんでいます]
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JR大宮駅で東武アーバンパークライン(野田線が生意気に)で超々下品な漫画の街春日部へ、東武スカイリーライン(伊勢崎線が偉そうに)で「東武動物公園駅」へ…。「あれっここ杉戸じゃねえか」というので調べたら、1981年に杉戸駅から「東武動物公園駅」に、それも日本工業大学前なんて副駅名まで付けて変更されていました。この会社は2017年には東武伊勢崎線・松原団地駅を獨協大学前(草加松原)駅に変えたお笑い好きです。
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閑散期の12月の平日に出かけるほうが間違っていますが、東武動物公園側の駅前には冗談ではなく何もありません。駅から動物公園までの路線バスは閑散期の平日はなんと運休。よくこれで路線認可がおりたものです(笑)。という事で駅から10分ほど歩くはめに、コンビニの一軒もありません。今どきこれは相当な田舎街です。
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東武動物公園には東、西の入口があり、駅側が東ゲートです。恐らく民間の駐車場が数件あってゲートまで徒歩2分が¥500円で徒歩3分を超えると¥400という微妙な価格設定となっていました。閑散期の平日は切符売場窓口も1ヶ所だけでも待ち時間はなしです。料金は入場料+乗り物等のオプションで構成されており「動物を見るだけなら入場料だけ」で済みますが。このあたりで肝心な事に気が付きます。この「東武動物公園」は動物もいる(田舎)遊園地』なのです。
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Box setはお買い得?…(14)

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【An Easy Introduction To The Bluse】なる良く判らないレーベルからのCD8枚(15作品)のBoxです。名盤が多いのでBBやMuddyなどダブリ所有のモノもあります。箱書きには24Bitのデジタル・リマスターとありますが、正直「そうなんだぁ」としか思えません。このてのブツはタ●ーレコードの廉価盤コーナーでしか見られないもので、単独のCDだったら手はださないでしょうが、考えてみれば我々世代のギターヒーロー達が必死にコピーしてきた作品ばかりです。
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元が古い録音ですから輸入盤レコードを聴いていた時代をの思えばどうという事はありません。この【MUDDY WATERS / TIMELESS CLASSIC ALBUMS 】はホントかウソか32bitデジタル・リマスターだそうです。今でも¥2000以下で購入できるはずなのでブルーズ入門用の安全パイとしては最適です。1)The Best Of Muddy Waters 2)The Real Folk Blues 3)More Real Folk Blues 4) Muddy Waters Sings Big Bil 5)Muddy Wateters 名盤ぞろいなので中古ではよく見かけます。何故なのかThe Best Of Muddy Watersだけが高額例が多いので他の4枚はオマケと考えれば超お買い得です。
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AmazonやHMVやTowerで普通に売られている【Real Gone Musicレーベル】のBBの初期レコード8作品をCD2枚に押し込んだブツは大変に重宝しましたがさらにその上を行ったのがPt↑)の10枚組、2380円/1枚238円(当時)のBoxです。詰め込みなしの初期8枚に+2枚でボートラが付けられています。惜しむらくはオリジナル・ジャケデザインではないくらいで、これで充分ですリーガルと日本公演を安く買い足せばBBのすごさが堪能できます。
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街の有線放送チャンネルなのでしょうが、喫茶店は以前からとしても、こじゃれた感を出すためJazzを流しているパン屋やラーメン屋やらがあります。このB.B..KINGの[King Of The Blues 4cd Box]はそんな感じで使用されていたCDのようです。キャリアの長いB.B.ですからオリジナル盤枚数も結構あり手軽といえば手軽です。「1949-1966」「1966-1969」「1969-1975」「1976-1991」の4枚組で貴重音源という訳ではないのですが、デスク・ワークの垂れ流しには最適です。
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映画監督のの2004年の『The Blues』のサントラ的なCD5枚組の【マーティン・スコセッシ ブルース:ある音楽の旅】です。=ブルーズ入門として最適なコレクション!=が売りですが、CD3枚目あたりまでは修行の時代です。確かバラでも売られたと思いますがオークションで安く入手できるなら別ですが、手を出さない方が良いと思います。

行田・前玉(さきたま)神社

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埼玉古墳群公園の隣に前玉(さきたま)神社があります。社殿は浅間塚と呼ばれる周囲92m、高さ8.7mの古墳の頂上にあり古墳群一部なのでしょう。創建年や由緒については不明な点が多いのですが、例の延喜式神名帳の記載の「前玉神社」とされるかなりの古社です。
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神社HPによりと「幸魂(さいわいのみたま)神社とも呼ばれ、社名の「前玉」が地名としての「前玉郡」も元で漢字変化して「埼玉郡」となり、現埼玉県へ繋がり【埼玉県名発祥の元神社】をとなります。現さいたま市の浦和は昔は足立郡ですから確かに行田あたりが「埼玉」であったのは納得です。
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祀神は前玉彦命・前玉姫命の二柱とあり、江戸年間に忍城内にあった浅間社(木花咲耶姫)が遷座しています。主祀神が男神と女神であることから恋愛成就・夫婦円満から縁結びの神として人気があるようです。更にはこの前玉神社は神社に所属する「猫のご朱印」で有名です。
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埼玉古墳群+前玉神社では2時間以上歩くことになります。JR駅に戻るバスの時刻まで近くの日帰り温泉「茂美の湯」で入浴・食事・休憩をしていました。別料金でお芝居興行が見られますが流石にそれは…(笑) 参考までに=JR行田駅(10:20/10:35)…埼玉古墳公園(10:40-12:40)…茂美の湯(12:50-15:00)…
埼玉古墳公園(15:12-15:30)。やはり現地でのバス便利用は効率的ではありません。

埼玉(さきたま)古墳群…(3)

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見上げみる
「稲荷山古墳」です。さいたま史跡博物館HPには上空からの写真がありますが、復元された古墳の全長120m、高さ12mのはやはりデカイです。HPの前方部分が壊された写真と比べると現在の姿とは別ものです。古墳の歴史的認識の低い時代を経て、これだけの財産を後世に残せたのは嬉しい事です。さらに昭和43年の調査で発掘された『金錯銘鉄剣』は日本の古代史にどれだけの衝撃を与えた事か…。
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「稲荷山古墳」隣は全長90mほどの「将軍山古墳」です。明治27年(1894)の地元の人達が発掘作業により横穴式石室が見つかり馬具や太刀などの副葬品が発掘されています。その後古墳の崩壊が進んだ事から修復作業が施され古墳内部の状態を再現した「将軍山古墳展示館」が完成しています。
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「将軍山古墳展示館」には本館の入館券で入れます。規模こそ大きくはないのですが、ご本人埋葬の姿や副葬品の数々などは意外や意外の出来です(笑)。以前、高松塚古墳では愕然とした事がありましたが、こちらの方がイメージとして判り易いでしょう。副葬品の実物は本館に展示があるそうです。
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国道沿いに古い時代の石柱がありました。【史蹟 将軍塚・稲荷山・ボチ山(?)】とあります。埼玉古墳群では丸墓山古墳と稲荷山古墳は登ることができますが、平地から見あげると古墳は普通の丘か小山にしか見えません。不可思議だったのはやたら大きな丸墓山古墳だけが円墳(前方を壊した様子はありません)他は前方後円墳なのですが…。

埼玉(さきたま)古墳群…(2)

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今でこそ”めざせ世界遺産”ですが、昔は大型古墳を囲むような臣下の小型古墳を含めると円墳35基、方墳1基があったようです。昭和初期の干拓事業と宅地化で姿を消し現在は前方後円墳8基&円墳1基が現存しています。古墳群を見て廻ると約2時間は必要です。12月とは思えない快晴の暖かい日で、駐車場には小学校の課外事業のバスが来ていました。
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「丸墓山古墳」への途中に「石田堤の案内」があります。天正18年(1590)の豊臣秀吉の小田原征伐の際、石田三成が忍城を攻めるに全長28㎞に及ぶ堤を短期間で築き城を水攻め時の堤の一部で、備中高松城、紀伊太田城とともに「日本三大水攻め」となっています。小説や映画(2012)の「のぼう城」として知られています。実際は凝らしてみると何となく「堤」に見えるようなしろものです(苦笑)。
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忍城水攻めに際に石田三成が陣を構えたとされる「丸墓山古墳」に登ります。直径105m、高さ18.9mとかなり大きな円墳です。登ってみると18.9mは意外とこたえます。古墳群は5世紀から7世紀に造られたとされ、明治26年に将軍山古墳が発掘され、昭和10年と13年に大規模な調査が行われ昭和13年に国の史跡に指定されています。
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「丸墓山古墳」頂上から忍城方向を一望できます。写真に城は写っていますが小さ過ぎます(笑)。石田三成はここに陣を構え、眼下の田圃を一面の沼地にしてしまいました。恐らく映画での湖という感じではなかったでしょうが、忍城と外部との連絡の遮断しての兵糧攻めです。そういえば映画「のぼうの城」は東北震災の影響で公開が一年延びました。津波と水攻めの取り合わせが良くなかったのでしょう。
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「丸墓山古墳」からの「稲荷山古墳です」。以前に稲荷社があったので「稲荷山古墳」だそうです。全長120m、高さ12mの前方後円墳です。昭和12年の前方部分が壊され、平成9年からの復元で復活しています。ここから昭和43年の発掘調査でとんでもないものが発掘されました。それが表面に57・裏面に58の文字が刻まれた国宝の『金錯銘鉄剣』です。課外事業の子供達が登っていく列がみえるのですが…。

埼玉(さきたま)古墳群…(1)

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埼玉県行田市には、国の特別史跡 「埼玉古墳群は古代東アジア古墳文化の終着点」として世界遺産登録へ推進中の『埼玉(さきたま)古墳群』があります。行田市はテレビドラマの「陸王」や10年ほど前の映画「のぼうの城」で花火的に登場していますが、平成29年には【地域の歴史的魅力や特色を通じ 日本の文化および伝統を語る「ストーリー」を認定する】文化庁の「日本遺産」に登録されている街です。
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「埼玉古墳群」・「忍城」・「足袋蔵まち」・「古代蓮の里」など見どころは多いのですが、各々が離れており移動する路線バス便が超々悪く・自家用車(レンタカー)でなければ一日で廻るのは不可能です。市内には秩父鉄道の行田市駅とJR行田駅があり、ここ「さきたま古墳公園」へのJR行田駅からのバス便は5便(実質3便)しかありません。「観光拠点循環コース」の路線名にはかなりの無理があります。
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Pt↑の「埼玉県立さきたま史跡の博物館」は、昭和44年(1969)に開館した9基の大型古墳群の公園内にある博物館です。以前に行った時は台風で大荒れの日でロクに記憶さえありません。展示は建物の右半分だけですが、本館と将軍山古墳の展示室に別れます。そう広くはない展示品ですが内容はかなり濃いです。
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中央の中空にあるのが展示品の目玉、国宝の稲荷山古墳出土鉄剣の「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)」です。1968年於発掘調査で出土したもので、73㎝ほどの剣にはX線調査により両面に115文字の漢字があるのが判明して、当時は一大事件となったようです。館内の写真は条件付き可ですが、剣は窒素ガスを充填したケースに入っており、ピントはケースにきてしまします。
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博物館への途中に「埼玉県名称発祥之碑」が建っています。古墳群の一角の「前玉神社」が発祥の地としての謂れがあるようですが、現実は、県庁所在地は浦和に持っていかれ「さいたま市」ができた事で行田が埼玉発祥と云われても今さら感があります。それより「目指せ世界遺産」ですが、どうにも日本独自のローカル色が強くかなりハードルが高いでしょう。
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行田の街はJR行田駅付近より秩父鉄道・行田市駅付近の方が過去には栄えていたようです。JR行田駅前にはラーメンと居酒屋がかく一件と冗談抜きで何もありません。JR行田駅→古墳公園の観光拠点循環バスは、右廻りが06:40,09:05 ,11:30,14:35,17:05.左廻りが07:55,10:20,13:25:15:55,18:15しかありません。

秩父今宮神社は…。

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秩父地方には”ややこしい由緒”を持つ神社が多く「秩父今宮神社」もかなりややこしい社歴です。伊邪那岐・伊邪那美の二神と須佐之男命、八大龍王神、役尊神+稲荷神、弁財天、天満天神とあるのですが、元々は武甲山から湧く伏流水の「龍神池」に伊邪那岐・伊邪那美の二神を祀ったのが始まりのようです。大宝年間には役行者により宮中八神と観音菩薩の守護神である八大龍王を合祀し「八大宮」となります。
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役行者に続いて弘法大師らにより寺院、神社、観音堂等が造られ一大修験道場となります。天文年間には京都今宮神社より須佐之男命を勧請して「今宮神社」として、寺・神社を総称して「長岳山今宮坊」として繁栄します。。明治元年には神仏分離令により修験道が廃止され今宮坊も解体。その後昭和20年代から50年間は「児童公園」として開放され、平成4年に神社として復活しています。かなり波乱万丈です。
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「龍神木」と呼ばれる周囲8.7m・推定樹齢千年以上の欅の大木は県指定の天然記念物「駒つなぎのけやき」として知られ、この地の龍神の住まいとされています。仕方ないことですが樹木としての勢いは失われています。案内によると毎年5月から10月にはアオバズク(フクロウ)が飛来して営巣するとありますが、今はどうなんでしょうか?
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季節柄「枯れた雰囲気」は仕方ありません。Pt↑)は環境省による「平成の名水百選」選定された秩父最古の泉「武甲山の伏流水」により構成された「龍神池」です。原始信仰では「湧水」が崇められるのはごく自然なことです。
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201129_05
「八大龍王」とは仏教の開祖・釈迦の使いで、名前だけ列挙すると…1)難陀(なんだ)2)跋難陀(ばつなんだ)3)娑伽羅(さがら)4)和修吉(うわすきつ)5)徳叉迦(とくさつ)6)阿那婆達多(あなばたった)7)摩那斯(まなし)8)優鉢羅(うはら)の龍王です。
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