108旧江戸城本丸は皇居東御苑として一般に開放されています。写真は大手門、旧江戸城の正門にあたります。大名が登城する時はこの門から出入りしていました。幕府創設時徳川幕府は各大名を経済的に疲弊させる為、大名家に命じて江戸城の普請建設にあたせていました。この大手門については、仙台伊達藩がその任にあたっています。門の形式は「枡形門」と云われ手前の高麗門(こうらいもん)と奥側の渡櫓門(わたりやぐらもん)とで一対の形式となり、堀と石垣で囲まれた枡形になっています。各門の扉を閉じれば砦となり、攻めて来る敵軍に対して有効な防備となります。一の門を入って右に曲がって二の門となる形式が多く、桔梗門や外桜田門もこの形式となっています。日本人の約70%が右利きですから、攻める兵は全身を晒さなければ弓、鉄砲が撃てず、守備側は半身を出せば弓、鉄砲が撃てます。世界にも稀な日本の城郭独特の優れた考え方です。この大手門は消失後に再建された建物です。高麗門を入ってすぐの所に渡櫓門の鯱が展示されています。
※皇居東御苑はこの大手門の他、北桔橋門、平川門からも出入りすることができます。