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『川越・氷川神社』は欽明天皇2年(541)に『大宮氷川神社』より分祀され、川越の総鎮守として親しまれています。2020年は中止のようですが、重要無形民俗文化財の【川越まつり/川越氷川祭】は川越氷川神社の例大祭です。ご祀神は須佐之男命と櫛稲田姫命の夫婦と櫛稲田姫命の両親の脚摩乳命(あひなずち)と手摩乳命(てなずち)夫婦と大巳貴命(大国主=須佐之男命の古事記では6世の孫、日本書紀では息子で娘の須勢理毘売命の旦那)ですが、数ある氷川神社でもこの5柱がご祀神の例は他では見当らなにような気がします。
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総本社の『大宮・氷川』でさえ櫛稲田姫命の両親は別宮となっています。この3人は一般人で「神」ではありません。【娘を八岐大蛇から助けてやるから嫁によこせ!】とは須佐之男命のパワハラ要求です。首尾よく修了して、いざ結婚という事で娘と両親を「神」に持ち上げたかと解釈できます。その後、櫛稲田姫命は神話にはほぼ登場しません。ついでながら大巳貴命(大国主)が須佐之男と櫛稲田姫の息子なら須勢理毘売命との結婚は兄妹という事です。それをいったら須佐之男命と天照大御神の関係も怪しいもので、まぁ日本の神話では良くある事です。
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2組の夫婦+αがご祀神ということで家族円満・縁結び・恋愛成就のご利益と人気だそうですが、由緒よしたはもっともに聞こえます。若いねぇチャンを騙すには充分のなのでしょう(笑)。9月の連休という事で多くの人が参拝に訪れていました。まぁ池袋から電車で小一時間の川越です。氷川さんがこれだけ混んでいるとなると「古い町並地区」は想像するだけで恐ろしいです。新名物が続々次々登場しくる「某地区」では歩いているガキどもを騙すのは容易いことです(笑)。
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神社の謎に戻ります。本殿は入母屋造りで玉垣の外からは見えませんが社殿には見事な彫刻が施されています。隣の八坂神社は徳川家光による江戸城内の東照宮を川越城に移したもので、明治5年に再度この地に移したものです。喜多院内の春日局化粧の間と同じ経緯でしょう。境内社に万葉歌人を祀る『柿本人麻呂神社』があります。人麻呂の子孫・綾部氏が戦国時代に川越に移住した際の創建とあります。柿本人麻呂子は出雲で「刑死」したとの説があるのですが、鎮魂(たたり除け)のための創建なのでしょうか?関東地方に『柿本人麻呂神社』は貴重です。
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本殿裏には三峯神社・子の権現社・菅原神社・稲荷社。雷電神社等々多くの末社があります。残念ながらかなりの社が程度がよくありません。思うのですが末社の管理はどのようになされるのでしょうか?氏子が減るに連れて社も朽ちていくようです。残念な事に三峯神社は眷属が「オオカミ」ではなく「キツネ」が守っています。オオカミ不在時はキツネが代行するとの決まりがあるのでしょうか?。
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旧川越城址、川越高校から直進するのが正参道です。なんかごく普通に感じてしまいます。
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木製の大鳥居は約15mあり木製の鳥居としては全国屈指だそうです。鳥居が立派でもこちらは正参道ではありません。