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この建物は現存する『旧樺戸集治監本庁舎』‥明治19年建設の建物です。現在は町役場に隣接して「月形樺戸博物館」の一部を構成していて内部へ入ることができます。玄関の磨り減った石段(石山軟石)や軋んだ廊下なで歴史の風格があります。この建物の後方に樺戸集治監の歴史を展示した新しい『樺戸博物館本館』が地下通路で繋がっています。歴代の典獄のエピソードや木製の水道管等、展示品一つ一つが歴史に満ちているようです。特に囚人達が着用していた”赤い服”や‥実際は真赤ではありませんが‥懲罰用の鉄球(足枷)の実物、当時の独房や雑居房など興味深い展示物が数多くあります。この建物を背に約500mほど歩くとに旧石狩川の堤にです。各地から送り込まれた囚人たちは船で石狩川を溯上し通称ここの”囚人波止場”から上陸したそうです。最盛期はこの波止場近辺からが「札幌か?・樺戸か?」と云われたほどに繁栄した街だったそうですが、そんな面影は何処にも感じられません。
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私達は北海道を開拓したのは屯田兵や全国からの入植者と教わってきました。実際に屯田兵や入植者が辿った道路は、囚人たちが原野を切り開き過酷な労働により造成した道路があったからこそなのですが‥
明治14年から大正8年の39年間に実際にあった話でそんなにも”大昔”のことではないですが、札幌の飲み屋のお姉さま方は誰も知りませんでした(苦笑)