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清洲橋と新大橋の間、江東区深川に”松尾芭蕉が延宝8年(1689)頃に江戸日本橋より移り住んだとされる一角があります。芭蕉はこの地を拠点として創作活動に励んだとされ、『江東区芭蕉記念館』や江東区側のテラスには句碑が紹介されています。清澄橋を望む史跡庭園には芭蕉像が置かれ「松尾芭蕉と清洲橋」というイマイチな景観になっています。Pt↓)は隅田川支流の小名木川に架かる『萬年橋』です。中々の美形でTVドラマの撮影にも使われているようです。この橋からの清洲橋の景観が「ケルンの眺め」として知られています。
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松尾芭蕉はこの付近の自宅から(スポンサーの家からの説もあり)元禄2年(1689年)に岐阜までの2400㌔の旅を開始しています。その自宅にしても元禄年間以降は町の姿も変わり芭蕉の住居も不明となったようですが、史跡庭園付近から芭蕉が愛好した(?)「蛙像」が出土、この場所と芭蕉の旧宅と想定し芭蕉稲荷を祀ったとあります。なんとも根拠に乏しいめちゃくちゃな話です。その「奥の細道」の旅立ちにしても、初日は隅田川を舟で千住大橋付近に上陸、”歩きだし地”として千住青果市場に芭蕉出発の地の銅像(最近は南千住駅前まで銅像を造って参戦)があります。つまり【家から出発】と【歩出しの出発】が数か所ずつあることになります。
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