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北区・西ヶ原の『旧古河庭園』は蔵野台地の地形を利用して北側の丘には洋館を建て、斜面には洋風庭園、低地には日本庭園を配した造りとなっており、洋風庭園のバラ園は”古河庭園”の代名詞にもなっています。洋館と洋風庭園の英国人ジョサイア・コンドルの設計です。コンドルは旧岩崎邸庭園洋館、鹿鳴館、ニコライ堂などの設計をしており日本建築界の多大なる貢献者なのですが、私邸の設計などの小銭稼ぎ的仕事も結構あります。古河庭園は明治の元勲・陸奥宗光の別邸で、後に古河家の所有となっています。煉瓦造・地上2階・地下1階、外壁は真鶴産の安山岩を使用した洋館部分は大正6年の竣工で、コンドルの晩年の作です。
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古河家が去った後は当時の中国・南京政府の要人・汪兆銘が隠れ住んだり、太平洋戦争末期には九州九師団の将校宿舎として接収されたり、戦後は英国大使館付き武官の宿舎として利用されるなど数奇な歴史を有しています。バラ園の下方には、京都の庭師・小川治兵衛の造りによる日本庭園がありますが、近くの駒込・六義園に比べるとどうしても見劣りします。庭園は「税金未払いによる物納」で国へ所有権が移り、東京都が国から無償で借り受けて一般公開されています。大正初期の庭園の原型を留める、和洋の調和した庭園として平成18年に文化財保護法により国の名勝指定も受けています。以前からファッション関連のモデル撮影場所として知られていましたが、以前は建物は荒れ果て朽ち果てる寸前、庭園も雑草だらけと、とんでもない状態でした。よくぞ現在の状況に戻せたと思います。現在、洋館部分は「財団法人大谷美術館」なる団体が管理し、予約なしでは建物内を見学することができません。東京都が管理する施設でありながら、一部を財団が”占拠”するなど不可思議な管理構造です。
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