180827_01
橋全体が「稲の籾殻を連想させる」ということで黄色く塗られた『蔵前橋』です。橋長173.4m、橋幅22.0m、東京復興計画の一環1927年に架橋されました。橋の名称は岸側の「蔵前」のあたりに徳川2代将軍 秀忠 がこの一帯を埋立て3万坪にも及ぶ広大な敷地に「浅草御米蔵」 という米蔵を建てたのに由来します。お米が経済の中核をなしていた時代ですからかなり重要な施設だったと思われます。Pt↑)台東区側には昭和29年~59年までは「蔵前国技館」があり大相撲が開催されていました。「国技館」は両国回向院の旧領国国技館→蔵前国技館→現領国国技館と場所が変遷しています。現在は東京都水道局の「蔵前水の館」となっています。
180827_02
Pt↑)橋上の小さなバルコニー状の場所には力士のモチーフが造られています。その他にも橋の欄干部分には横綱土俵入りと芸子が屋形船に乗っているモチーフがあります。橋から少し離れますが蔵前橋通りに『楫取稲荷神社』があります。江戸幕府が御蔵の資材を熊本から運搬する際に事故が多発しそれに関連して創建されたとあります。台東区側の橋詰には「浅草御蔵」の碑があり、さりげなく街の歴史の記憶を臭わせています。
180827_03180827_04180827_05