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旧武蔵の国と下総国を結ぶ『両国橋』です。現在の橋は昭和7年(1932)の完成で、橋長164.5m、橋幅24.0mあります。初代と橋は寛文元年(1661)に造られ、貞享3年(1686)に国の境が変更されるまでは下総国との国境とされ、武蔵国と下総の国を結ぶため『両国橋』と呼ばれました。江戸時代から数回の火災と再建を繰り返し、関東大震災では崩壊した両国橋の一部を「南高橋」として再利用していますが、アーチの形状が違っているため「南高橋」にはその面影はありません。平成20年(2008)には、上流の言問橋とともに東京都の「東京都選定歴史的建造物」に指定されています。
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徳川幕府は防衛上から隅田川の橋は千住大橋と両国橋以外の架橋は認めていなかったことにより、1657年の明暦の大火では逃げ場を失った多くの死傷者をだしてしまいました。この犠牲者を弔ったのが「両国・回向院」で、その資金集め(勧進)のために両国で大相撲が開催されたと云われています。現代に残る「広小路」の地名は火災の延焼予防のため火ひよけ地として空地が設けられました。両国橋の中央区側には当時「両国広小路」が設けられ、即時の取壊しが可能な芝居小屋なども造られ明治時代初期まで歓楽街として賑わっていました。Pt↓)が広小路あたりでしょうか? 両国橋上のフェンスには両国の花火と相撲の軍配が施されています。
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