07_16_0107_16_03笑ってしまうほど良く似ていますが、この銅像は”澤ほ●れ”ではありません(笑)。JR板橋駅前『近藤勇墓所』のご本人”近藤勇”の銅像です。間違えてはいけないのは、ここは処刑された場所でも、埋葬された場所でもありません。没後の明治9年に新撰組での盟友”永倉新八”の発起によりこの地に造られた供養塔(?)で良いと思います。なので1本の石碑に「近藤勇・冝昌(!)、土方歳三・義豊之墓」と刻まれてたり、他の隊士の碑があったりですが、数少ない新撰組幹部の生き残り”永倉新八”の碑が一番大きいのは笑えます。この方は維新後は北海道に渡って”樺戸監獄”の剣術指南などをしています。ところで、記憶違いかも知れませんが、近藤勇の諱(いみな)は「昌宜(まさよし)」だったと思うのですが、石碑には「宜昌」と記されています。おぃおぃ永倉(本名長倉)さん。これはワザとやったのですか?

07_16_0307_16_04ともあれ、新撰組の人気はいまだに根強いようです。”寄せ書きノート”の様なモノが常備してあったりするのは、それなりに訪れる人が多いという事でしょう。この区画も丁寧に管理されています。訪れた時は石碑や近藤勇像に”海老せんべい”が供えてありましたが、なにか謂れがあるのでしょうか?
『新撰組』は視点を変えてみると「会津藩が京都でのテロ警備を担当するにあたり、自前の藩士では対外的に問題が生じるし、怪我人や死亡者が出たら、当人や家族への補償問題も生じてしまうので、威勢の良いあんちゃんを武士にしてやるとの契約で雇い、私設警察とした」というのが実情に近いと思います。プロジェクトが終わったら”派遣切り”。どの時代もたいして変わりません(苦笑)