021201021202徳川5代将軍綱吉が発した「生類憐れみの令」によって江戸の街に多くの野犬が増え、野犬のための犬小屋が現在の今の中野駅を中心に28万坪(!)の広さにわたっ造られました。 綱吉は正保3年(1646)丙犬(ひのえいぬ)年の生まれ、3代将軍家光の第4子で母は京都の八百屋仁左衛門の娘、後の桂昌院です。綱吉公は身長124㎝と今の小学生並みです。身体的コンプレックスからか学問に対しては異様なほど熱心だったと云われています。将軍に就任するも世継に恵まれず、母の桂昌院と僧の隆光による「子どもが生まれないのは前世に生きものを多く殺したむくいである・・・・」・「将軍は、戌年の生まれであるから、犬をとくに大事にするのが良い・・・・」との進言を受け、名高い「生類憐みの令」を発令しました。実際は最初に命令が出されたのは何時であるのか判らず、当初は不仁を禁ずるという程度が、運用方で徐々にエスカレートし”お犬様々の時代”が二十数年間も続きました。現在の中野区役所付近が多くの犬たちが収容された御囲(通称犬小屋)跡で、昭和和43年区役所庁舎落成を記念して、庁舎の正面玄関前にその由来を記した碑が建てられています。