060901北の丸公園の田安門近く、靖国神社に面した歩道橋脇に『品川弥二郎』の銅像があります。このお方は申し訳ありませんが銅像になるような人物でとは思えません。長州藩の足軽の家に生まれ、松下村塾で吉田松陰に学んだ。明治維新後は、様々な大臣職を経て”維新の功”により子爵となる。とまぁこんな概歴です。所謂「長州藩」・「胡散臭い吉田松陰の弟子」・「明治政府のパワーバランス」と単なる『長州閥』で銅像となったのでしょうかねぇ。後世に残るエピソードで有名なのは、戊辰戦争時の新政府軍の愛唱歌…「トコトンヤレ節」の作詞担当とあるのですが、それにしたって作曲者は品川弥二郎の馴染みの芸者なのですから、芸者と遊んでいての『戯唄』にすごないようです。因みに「トコトンヤレ節」の4番は『♪おとに聞こえし関東ざむらい どっちへ逃げたと問うたれば 城も気概も捨ててあづまへ逃げたとな トコトンヤレトンヤレナ♪』です。やはり”勝てば官軍”としか言いようがありません。

060902さてもう一方は、北の丸公園内の『吉田茂』像です。吉田茂像は大磯や高知県にも存在し、なんでまた北の丸公園ないなのかは判然としませんが、色(赤銅色)といい艶といい、ステッキをもった立姿はなかなかの風格があります。この銅像は昭和53年に吉田茂生誕百年を記念事業として各界から寄付を募って昭和56年に閣議の了解を得て建てたのだそうです。