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 1891年(明治24年)5月、日本を訪問中の当時のロシア皇太子・ニコライ(日露戦争時はニコライ2世)が大津の街を通りかかった際、警備担当の警察官・津田三蔵に襲われ負傷した暗殺未遂事件『大津事件』の現場です。歴史に”もし”は許されませんが、もしこの場でニコライが殺害されていたら、ロシアは報復の為日本へ攻め込んできたでしょう。明治24年の日本にはロシアと戦える国力はなく、良くても北海道の割譲、悪くすれば日本はロシアの植民地だったかも知れません。この事件は日本が滅亡していたかも知れない程の大事件だったのです。歴史というのは皮肉なもので、皇太子ニコライは後にニコライ2世として日露戦争を戦い、ロシア革命により帝政ロシアは亡んでいくということになります。この事件でニコライを守った2人の日本人はロシアより高額な年金を受給しますが、日露戦争開戦により日本側から停止。敵の皇太子を救ったとして国賊扱いの憂き目をみたそうです。「世間様が許さなかった」のでしょう…。

左)上の写真の解説プレートです。簡略すぎるほど簡略に書かれています。
中)旧東海道である旨の表記です。道幅は意外に狭く、歓迎の大観衆が居たことを思うと…。
左)事件現場付近の旧東海道です。東京・品川あたりの旧東海道とは雰囲気がぜんぜん違います。
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