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大津の【三井寺】は、正式には「長等山・園城寺/ながらさん・おんじょうじ」と云う天台寺門宗の総本山です。一般的には通称の「三井寺」として知られ、寺に涌く霊泉が天智・天武・持統の3代の天皇の産湯として使われたことから「御井」(みい)の寺と言われていたものが転じて三井寺となったと云われています。天智天皇の大津京造営時に計画され、壬申の乱を経て敵方の天武天皇により寺の創建の許可を得て、7世紀に大友氏により創建されています。平安時代は皇室、武家の信仰を集め、以後10世紀ごろからは比叡山延暦寺との対立抗争、さらには豊臣秀吉により寺領を没収されたりの苦難の歴史を綴ってきています。名刹です!

130807_2130807_3上の【仁王門/重要文化財】は1452年の建立で、1601年(慶長6年)に徳川家康により近江のの常楽寺より移設・寄進されたとあります。絵図の案内板があるのですが、境内は広く、ゆっくり見て廻ったら2時間以上は必要かと思います。
ここから、仁王門の右にはの室町時代初期の建築で重要文化財【釈迦堂】があります。参道を直進し石段を登ると、【金堂】…国宝の本堂です。本尊の阿弥陀仏は天智天皇が信仰していたものが祀られています。建物は秀吉の妻・北政所により慶長4年(1599年)に再建されています。

130807_4130807_5金堂の反対側に重要文化財の【鐘楼】があり、これが近江八景として有名な”三井の晩鐘”として知られています。宇治の平等院、高尾の神護寺とともに日本三銘鐘とされており「日本の残したい音風景百選」にも選ばれています。進んでいくと、三井の霊泉・閼伽井屋。一切経を納める一切経蔵。室町初期の建築・三重塔等など重要文化財が続々登場してきます。弁慶の引き摺り鐘の伝承を微笑ましい内容です。さらに登って、西国十四番札所観音堂あたりからは眼下に琵琶湖の景色が遠望できます。この大津が嘗ての都であり、条件的には奈良や京都にも景観でも劣らない様子が判ります。

三井寺を名刹といわないで何を名刹というのでしょう。この年月を経てきた空気感が素晴らしいお寺です。
左)慶長7年、毛利輝元より寄進された重要文化財・一切経堂の内、回転式の八角輪蔵です。
右)琵琶湖を眺望する西国十四番札所です。観音堂を中心に札所伽藍を構成しています。
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