130917_01130917_02江戸の昔、文化年間(1800年頃)に新田開墾されたおり、堤防が決壊して村々は海水被害を受けた。そこで村々で、稲荷大神を祀ると海が静まった。これが穴守稲荷神社の起こりだそうです(なんとも築地の波除稲荷と似通った話です)。1884年には暴風により崩壊し再建されています。さらに1886年には「穴守稲荷社」から「穴守稲荷神社」へと改称されています。この時代には周辺で潮干狩りや温泉が湧いたこともあり、京浜電気鉄道(現在の京浜急行)が、稲荷門前までの支線を伸ばすなど交通が整備され穴守稲荷神社の界隈は歓楽地と賑わったそうです。但し、これは現在と場所が異なります。神社は太平洋戦争が終わった直後の1945年に羽田空港の拡張のため、米軍より強制退去を迫られることになり、現在の地へ移転となっています。都市伝説としよく知られる”羽田空港の赤鳥居の怪”は移転前の穴森稲荷社の鳥居のことです。写真左は穴森稲荷神社本殿。右は本殿の裏手にある奥之宮で”神砂(あなもりの砂)”として有名な縁起物はこちらです。それにしても穴森稲荷神社、境内摂社がやたら多いようです。

本殿前の”狛狐”。左は「珠」、右は「子狐」です。年代はさほど古くありませんが、いい姿をしています。
右は京浜急行穴森稲荷駅前の狐像。地元の方による寄贈で、名前は「コンちゃん」だそうです。
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