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築地の街に”河岸”ができたのは昭和10年のことです。築地は元々江戸時代に浄土真宗の人々により海を埋め立てて造成された土地で東本願寺の門前町でした。幕末から明治時代は「海軍さん」の街として知られ、その名残が晴海通りに数か所残っています。写真は「八紘一宇の碑」です。…八紘一宇(はっこういちう)とは、大正期に「道義的に天下を一つの家のようにする」という意味を持つ語として生まれました。時代と供に軍部により日中戦争から第2次世界大戦の時代に「大日本帝国」の政策標語として使われました…。一般的な国語辞典では、「第2次大戦中、日本の海外侵略を正当化するスローガンとして用いられた」と説明されています。
この碑は晴海通りに面していますが何故ここにあるのかは判りません。やはり旧海軍ゆかりなのでしょうか(?)。市ヶ谷の亀岡八幡宮境内にも同様な碑があり、こちらは市ヶ谷台は旧陸軍士官学校縁かも知れません。もう一か所の千住大橋(足立区側)は旧軍施設とは関係がないようですが…。
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左)築地●●青年団。と記載されています。旧軍と関係ないのでしょうか…。
中)裏面の文字(恐らく由来?)は塗りつぶされています。何が都合が悪いのでしょう。
右)こちらは勝海舟による初代の軍艦操練所があったと書かれています。、
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