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中央区日本橋箱崎町の『高尾稲荷神社』です。こちらの稲荷社の由来は他社とはかなり異なるようです。由来の後ろに「吉原の容姿端麗の太夫、殺人事件絡み、ご神体は頭蓋骨」とくればサスペンス・ドラマ風になります。
江戸万治年間、花街新吉原の三浦屋四郎左衛門抱えの遊女、野州 塩原塩釜村出身の当時19歳の2代目高尾太夫は『傾城』という娼妓の最高位にあり比類のない全盛を誇っていました。高尾太夫は仙台藩主伊達綱宗侯により身請されたのですが、意中の人に操を立てて伊達綱宗侯に従わなかっため、怒りをかって『吊り斬り』にされ川中に遺棄されてしまいました。数日後、遺体は当地大川端の北新堀河岸に漂着し引き揚げて手厚く葬られたといわています。この事件に同情した人々により、神霊高尾大明神を祀り 高尾稲荷社としたというのが起縁なのだそうです。創建時には約80m隅田川岸よりにあり 昭和20年03月20日戦災により社殿は焼失しています。昭和53年の再建工事に際して、旧社殿下より高尾太夫の実物の頭蓋骨壷が見つかり、現在では稲荷社としては全国でも非常に珍しい実物の頭骸骨が祭神として社の中に安置してあるそうです。
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左)写真のように、そう規模の大きな神社ではありません。
中)神社内にある”由来書き”です。昭和51年3月 「箱崎北新堀町々会」とあります。
右)社より80m位離れた場所にある 「日本橋区北新堀町会」による”高尾稲荷社について”とあります
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