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かれこれ30年位前になりますか、都内23区で和室&大浴場のある旅館を探すとなる候補にあがってくるのは銀座の「熱海荘」、浅草の「漁眠荘」とこの池之端「鴎外荘」でした。時代とともに都内の和風旅館は姿を消し、修学旅行ですらシティ・ホテル利用となっているようです。この「水月ホテル鴎外荘」は台東区池之端、上野動物園に隣接しています。敷地内には文豪「森鴎外」の旧宅を保存されており、小説「舞姫」はここで執筆されています。施設ないには都内第1号認定の天然温泉があるのは意外といえば意外です。(都内温泉独特の麦茶色でしょうか?))
森林太郎は鴎外の本名で明治年代の陸軍の軍医としても有名なのですが…。明治時代の日本の軍隊では「脚気」が蔓延していました。原因について栄養障害説をとなえたのが慈恵医大の創設者である海軍の「高木兼寛」、それに対し陸軍の森林太郎は細菌説をとなえ、亡くなるまで高木説を認めませんでした。今でこそビタミンB1不足が原因と解明されていますが、驚くことには日清・日露戦争での陸軍では脚気患者が約25万人、病死者は27000人と、とんでない数の兵隊が亡くなっています。森林太郎/鴎外を責めるのは酷なような気もしますが…。
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