140110_06
JR巣鴨駅を背に”おばあちゃんの原宿”と反対方向に進むと【徳川慶喜・巣鴨屋敷跡の碑】があります。徳川15代将軍徳川慶喜(1837年~1913年)が、大政奉還後、静岡での謹慎生活の後、この巣鴨の地に移り住んだのは明治30年(1897)11月、慶喜61歳のことでした。翌年3月には皇居に参内、明治35年(1902)には公爵を授けられるなど徐々に復権していく事となります。お屋敷は、白山通り(旧中山道)に面しており、庭の奥は梅林になっており、「ケイキさんの梅屋敷」と呼ばれていたそうです。実際に巣鴨に住んだのは明治34年12月までの4年間で、後に現文京区小日向に移転、そちらで亡くなっています。巣鴨邸のすぐ脇を現在のJR山手線が通ることが決まり、その騒音を嫌っての事だそうです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それにしても”豊島区教育委員会”。たった4年しか住まなかった=それも”屋敷跡”=歴史的価値などのでしょうかねぇ…?

140110_07140110_08140110_09