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(三菱一号館)…オリジナルの建物は1894年に丸の内最初の洋風貸事務所建築として『ジョサイア・コンドル』により煉瓦造の建築物として設計され、近辺が「一丁倫敦」と称された時代を象徴する建物だったとそうです。明治の洋風建築として、日本銀行本館、旧赤坂離宮(迎賓館)と並ぶ「明治の三大建築物」と称されました(毎度の例えです)。ここからが面白い話なのですが…。昭和42年、文部省は三菱地所に対して「文化財指定」の申し入れをしたのですが、これを良しとしない三菱地所との間でスッタモンダの挙句、三菱地所は役所の休日である土曜日に解体工事を強行してしまいます。文化財の指定を受けたら貸ビルとしての価値が下落すると判断したのでしょう。2004年に現在のレプリカビルを再建するにあたり、三菱地所は「歴史的建造物の保存」という名目で建物の容積率割り増しを申請したのですが、千代田区&東京都はこれを認めていません。笑えます…。

左)現在この建物は「三菱一号館美術館」となっていますが。”美術館としたのは再建計画の着工寸前の決定”だそうです。
中)こんな話があると=【♪三菱地所を見に行こう♪】=CMに突っ込みがいがあります(笑)。
右)ついでと云ってはナンですが、ご近所のTeiffny & Co.です。
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