140606_01
東急池上線池上駅から歩いて15分くらいの日蓮宗・大本山【池上・本門寺】です。正式名称は山号=長栄山、院号=大国院、寺号=本門寺で、【長栄山大国院本門寺】となるのですが、池上本門寺の呼称のほうが馴染みがあります。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
140606_02140606_03山門を抜けるとこの石段です。別称を此経難持坂(しきょうなんじざか)というそうです。江戸時代初期に加藤清正の寄進により造営されたとされる石段で、法華経の偈文96文字にちなんで96段で構築されています。石段上から見ると山門越しに池上の街がいい感じに見えます。池波正太郎の鬼平(おにへい)で知られる『鬼平犯科帳』シリーズの『本門寺暮雪』にこの石段「此経難持坂」が登場、平蔵らが本門寺を参拝したおり、いきなり石段上から賊に襲われるという場面だそうです。なんのことはなく池波正太郎は本門寺近くの品川区に住んでおり、この近辺に土地カンがあったというやつでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
140606_05140606_04池上本門寺の開祖「日蓮聖人」は、弘安5年9月に身延山から、病気療養のため常陸の湯に向う途中、武蔵国池上(現在の東京都大田区池上)の郷主・池上宗仲公の館で700数年前の弘安5年(1282)10月に、61歳で亡くなっています。【長栄山本門寺】の由来は、「法華経の道場として長く栄えるように」という祈りを込めて日蓮聖人が名付けられ池上宗仲公が寄進した約7万坪の土地にお寺が築かれています。という事でPt左)日蓮上人の像があります。Pt右の”仁王門”は昭和20年に焼失、再建された門です。アントニオ猪木をモデルとした仁王像が安置されていたことで知られていました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本門寺墓地には、ある年代以上の方には圧倒的ヒーロー【力道山…本名:金信洛、日本名:百田光浩、享年満39歳】の墓所があります。資料によると身長176㎝、体重116㎏で大男ではなかったようです。はるか昔、墓参に来ていたBI砲時代のジャイアント馬場やアントニオ猪木に遭遇したことがあったのですが、ゴミ捨て場の脇で墓もそう立派でなかったような記憶があります。年月を経て、石碑が建ち銅像が建っていました。
140606_06140606_07140606_08