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地下鉄大江戸線・牛込柳町下車、大久保通りからほんの少し裏手に入ると、「日蓮宗・幸国寺」があります。Pt↑)が幸国寺の山門ですが、この山門は明治維新後に譲りうけた田安家の屋敷門と伝わる門です。田安家は一ツ橋、清水家と共に徳川御三卿であり、尾張、紀州、水戸の御三家とは異なり領地は持っていませんが、御三家に次ぐ十万石の格式を持ち、北の丸公園「田安門」付近に大きな屋敷を構えていました。 東京大学の「赤門」のように徳川大名家の屋敷門が移築や流用され今も残っている例は多いのですが、この門は構造や形式等から江戸後期の建築と推定されています。幕末から明治初頭に幸国寺の檀家「長嶋家」より寄進されていますが…田安家と長嶋家の関係がイマイチ微妙です…「田安家の門」であるという史料は確認されていないそうです。
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Pt↓左)Web検索で「田安家」・「門」で検索すると出てくる写真ですが、高麗門、渡櫓門の「枡形門」になっているので「清水門」と思われます。
Pt↓中)諸説あるようですが、幸国寺の山門=田安家の屋敷門は違うと思います。この規模の門が10万石大名家の門とは到底思えません。貧弱すぎます。140807_05140807_04
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