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幕末マニア・新撰組マニアにはつと有名な新宿区市谷柳町の試衛館(しえいかん)跡(?)です。天保年間に近藤勇の養父である天然理心流の近藤周助が創設した剣道場で、後に新撰組の中核をなす土方義三・沖田総司・井上源三郎・山南敬助や長倉新八・原田左之助・藤堂平助・斎藤一らがこの道場で出合ったこととなります。 10年ほど前にNHK大河ドラマでムチャクチャな「新撰組」を放送した時は、それなりだったのでしょうが…。今は昔”強者どもの夢の跡”と言った体になってしまいました。 東京メトロ大江戸線下車。大久保通りを神楽坂方面に緩い坂道を登ります。交差点から100m程の右側「柳町病院」の路地を入り、50mほどの右奥がこの場所です。 それらしき”もの”はPt↑)の標柱だけです。表現も”この辺りにあった”と自信なさげです。夏草の雑草に覆われててしまっています。すぐ右手の神社も…フェンス囲まれ施錠されており、荒れ果てていてどちらの神社なのか良くわかりません。社の彫刻からかろうじて稲荷社(?)と判断しました。…ご覧のありさまですPt↓)。
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新撰組と会津藩の関係は、正社員と派遣社員の関係に置き換えると面白いのですが…【治安のよろしくない京都の警備を請け負った㈱会津藩は、家臣(正社員)がダーティ仕事を担当すると万一の時には本人や家族への保障やらなんやらでメンドクサイ。ダーティ専門の暴力派遣社員(新撰組)に担当させれば、万一の時には㈱会津藩は知らぬ存ぜぬで逃げられる。用済みになったら契約解除でオシマイ…と、置き換えると現代でも良くある話となってしまいます。
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奥の方に朽ち果てた神社があり、まさかと思って近づくとPt↑)の標柱があります。ここまでたどり着くまで、なんの目印もありません。
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