140918_01140918_02聖路加国際病院の旧病棟区画は、創立者の出身地であるマサチューセッツ総合病院をイメージしたと云われる旧病棟の建物の屋上に十字架が見えるように内部には礼拝堂があります。Pt左の正面から入って行くと礼拝堂への階段手前にハエ・ノミ・ダニなどの伝染病を媒介する動物、及びアラジンの魔法のランプ(迷信を象徴するもの)がレリーフとして彫られています。礼拝堂に入ると、失礼ながら”質素”な造りとの印象を受けます。壁にはキリスト教の殉教の歴史を象徴する画があり、ステンドグラスの一部には漁船や魚の図となっています。”築地市場のある土地を反映したもの”との説もあるようです。室内にはパイプ・オルガンが設えてあるのですが、考えてみるとここは病院です。大音響でのパイプ・オルガンは大丈夫だったのでしょうか(?)
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140918_03140918_04明治年間に外国人居留地であった築地に、イギリス国教会長老派の宣教医師ヘンリー・フォールズが病院を設立…実はこのお方、日本のこの地で”指紋捜査法”を発見しています…しています。フォールズ帰国後、病院建物を宣教医師ルドルフ・トイスラーが買い取り聖路加病院としています。Pt左がその記念館です。1923年関東大震災で病院が倒壊、皇室、米赤十字の寄付により病院が再建されています。第二次大戦中は「大東亜中央病院」、戦後のアメリカによる接収では「米軍極東中央病院」と変遷しています。聖路加国際病院がこの地にあることで東京大空襲を免れた言われているようですが、当時の爆撃機にそれだけの精度があったのでしょうか(?)どうにも偶然の結果のような気がします。 …敷地内には「立教学院発祥の地」との碑がありますが道路を挟んで「慶応義塾発祥の地」もあり、ミエの張合いの気もします。