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千代田区外神田2丁目の『神田神社』は…つい「神田明神」と云ってしまうのですが…神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸の内・旧神田市場・築地魚市場など広範囲の町会の総氏神様です。730年頃に出雲系の氏族が「大己貴命」を祀ったのが創建とされ、935年頃には逆臣の「平将門」の首が近くに葬られたとういう伝承から東国の武将の崇敬を受けています。江戸城拡充に伴い現在地に移り”江戸総鎮守”として尊崇され、祭の山車が江戸城中に入り将軍が見物したことから、祭は「天下祭」or「江戸三大祭り」として知られています。江戸初期に豪華な社殿が造営され関東大震災により焼失、その後再建されています。江戸時代には「神田明神」と、明治に入って社号が「神田神社」に改められています。1874年の明治天皇の行幸にあたり、逆臣である平将門が祀られているのはマズイとの事から平将門が祭神から一時外され、1984年に祭神にめでたく復帰しています。 野村胡堂の「銭形平次捕物控」では平次親分が神田明神下に住んでいたという設定から、敷地内の本殿右手横に「銭形平次の碑」がありますが…。なんでこんな馬鹿な事をするのでしょうか…?
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