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お正月ならではの『七福神巡り』ってのがあります。七福神は言わば「神様の多国籍軍」で1)日本神話の『恵比寿』、2)インド出身の『大黒天』・『弁財天』・『毘沙門天』、3)中国出身の『福禄寿』・『寿老人』が神様。唯一4)『布袋尊』は中国の実在の禅僧です。七福神が担当する七福とは…『寿老人』=寿命、『大黒天』=有福、『福禄寿』=人望、『恵比須』=清廉、『弁財天』=愛敬、『毘沙門天』=威光、『布袋尊』=大量と細分化されています。神道には「あちこちの神様にお願いごとをすると、どの神様も助けてくれなくなる」という考え方があるので七福神=格の低い神様と称されるようです。
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今回の【隅田川七福神めぐり】は、江戸の昔、墨東の風流人のあった佐原鞠塢(さわらきくう)が今から約200年前に墨東の地に「百花園」を開いた。たまたま福禄寿像を所持していたことから友人の太田蜀山人谷文晁らが七福神あそびを思いついた。つまり【隅田川七福神詣】は風流人の遊びに源を発し、いい加減なところもあるのです。それでも平成15年10月墨田区無形民俗文化財に登録されています。
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150106_03150106_02【三囲(みめぐり)神社/恵比須神&大黒神】…1300年代、近江の国三井寺の僧「源慶」が東国を巡礼、この地の荒れ果てた小祠を見つけ、源慶は自ら社殿の修復にとりかかる。埋もれていた壷から「白狐の神像」見つかり、どこからとも現れた白狐が神像の周りを三度廻ってどこかへ消えたという故事から「みめぐり」の名がついた。実はここ三囲さんは「稲荷さま」なんです。つまりお寺ではなく神社に恵比須&大黒天が祀られていることになります。恵比寿(大国神)は天照大神の兄弟とされ、豊漁の神様で、商業繁盛関係にも手を染めているようです。大国神(大黒天)はインドのヒンドゥー教の神から仏教の神となる。大国主命と同一視され、恵比寿とともに福徳の担当とされています
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150106_04150106_05Pt左の【弘福寺】は京都の宇治の“萬福寺の末寺で、本尊は釈迦如来。中国に近い禅宗として知られ唐風建築様式が見られるのですが…なんと本堂は工事中でした。祀られている(布袋尊)は、中国の実在した禅僧・契此(かいし)で、満面の笑みと、施しものを一つの袋に入れていたため、布袋さんと呼ばれていた。ドラエモンでいう”どこでもなんたら”の類でしょう。 Pt右は【長命寺】には弁財天を祀っています。ヒンドゥーの神から仏教の守護神となった川の神である弁財天は唯一の女性神で、音楽・弁舌・財福・知恵の神とされます。して慕われる。長命寺はむしろ「草もち」の方が有名となっていますが。天台宗延暦寺の末寺で、3代将軍家光が鷹狩の折、腹痛を起こし、境内の井戸水で薬を飲んで快癒したところから、家光はその井戸に“長命水の”名を与え、寺も長命寺となっています。
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隅田川七福神を三囲神社ルートから始めると長命寺あたりまでは近接しているのですが、この先は距離のある場所を歩きます。また隅田川七福神ならではの胡散臭さも漂ってきます(苦笑)。【向島百花園】…文化元年(1804年)佐原鞠塢により梅360株を植え梅園が開かれ、その後名花名草が集め『百花園』と命名されています。タマタマ福禄寿像があったので風流人と称する意味不明の方々が余興的に造成したのが隅田川七福神で神社仏閣でも百花園に福禄寿が祀られているのはこんな理由です。 福禄寿は、幸福・金銭・長寿の三徳を備える神。 次の白髭神社はさらに嘘臭さが漂います。白髭神社のご祀神は“猿田彦命”で道案内の主神です。白鬚神社の祭神が「白鬚」→白い鬚の老人→寿老人ということにしてしまいました。さすがに後ろめたさがあるのか「寿老」ではなく「寿老」となっています。 寿老神は、中国の伝説上の人物で、頭に頭巾、白髪、人間の寿命が書かれた巻物を杖に結び、鹿を連れています。 都内の七福神巡りは得てして1社のみがとんでもなく離れています。隅田川も例外ではなく、ここから毘沙門天/多聞寺までは約30分程黙々と歩くことになります。 【多聞寺】に祀られる毘沙門天はインド出身の神様で 仏教の守護神としての四天王(持国・増長・広目・多聞)の内、北方を護る多聞天と同一です。七福神として司るのは威光"とされています。 …さすがに天気晴朗なれどで、体調を崩してしまいました。七福神の威光はなかったようです… 
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