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朝早い時間の伊勢神宮・内宮です。まだ参拝客の姿もまばらです。実のところは、この時間は皇大神宮(内宮)に祀られる「天照大御神」を始めとした神々は、衣食住の神である「豊受大御神」の豊受大神宮(外宮)へ食事に出かけています。…神々の食事は日に2回、午前8時と4時(冬は9時と5時)と決まっています。…特には『食事に付きご遠慮ください』とはありませんので「宇治橋」を”右側通行”で進んでいきます。
昨年の「式年遷宮」ではいろいろとメディアで取り上げられましたが、知れば知るほど”所謂ヤヤコシイ神社”なのです。第一が伊勢神宮の正式名称は「伊勢」の付かない『神宮』で、他の神宮と区別するために便宜上「伊勢」が付きます。「神宮」が管理する正宮・別宮・摂社・末社・所管社の計で125社あり、伊勢市近郊の4市2郡と広い地域に分布し、内宮の神域だけでも正宮・2つの別宮・10の所管社もあります
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さらにメディアで登場してきませんが、日本の宗教史に出てくる「本地垂迹説」では天照大御神は「観音菩薩」や「大日如来」を本地すると考えられ、鎌倉時代には仏教のメッカと化し多くの高僧が相次いで参宮しています。エッと驚くのは、室町時代には天照大御神を祀る内宮と豊受大神を祀る外宮が、どちらの神が上位かをめぐって騒乱状態となり神域が血で穢されたりで、1434年~1563年の129年間は式年遷宮が廃絶しています。意外と波乱に富んだ歴史を有しています。
↓)五十鈴川の川端は石畳で桂昌院の寄進とも云われる「五十鈴川御手洗場」です。昔は参拝者の禊はここで行われていました。
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