150915_12
楼門を進むと国の重要文化財・本殿が参道の進行方向に対して右に位置する場所にあります。本殿の建物構造は本殿・石の間・幣殿・拝殿から構成され「権現造り」+「石の間」という変形権現造り(?)のような配置になっています。その拝殿も北方の蝦夷を意識した配置とも云われるのですが、何故か北を向いています。ここまでは外から見えるのですが、更に資料によると”ご祀神は拝殿正面の右側に鎮座し、拝殿からはご祀神と正対せず横顔を拝むことになります”これは出雲大社のご祀神の位置関係と同じ配置なのです。文章では表現するのが難しいのですが…。実に不可解な本殿の構造となっています。
150915_08
本宮社殿からさらに参道を進んだ先にこちらも本殿同様に北面して鎮座する「奥宮」があります。慶長10年(1605)徳川家康が関ヶ原の合戦の戦勝の御礼として建てられた本宮の旧本殿で、元和5年(1619)徳川2代将軍秀忠の命による造り替えの際に現在地に移されたものです。
この「奥宮」が境内の社殿では最も古く、国の重要文化財に指定されています。
奥宮への参道左には「鹿園」があり鹿島神宮の神使である日本鹿が飼われています。奈良春日大社の鹿達も元々は鹿島神宮が発祥の地となるようです。
「要石」は地震の元凶である地中にいる大鯰の頭と尻尾を押さえる杭であるとされ見た目は小さいが地中部分は大きく決して抜くことはできないと伝えられています。神宮境内の東方に位置する「御手洗池」は、かっては西の一の鳥居から舟でここへ進み、潔斎をしてから参拝したと伝えられています。
 
150915_11150915_10150915_09