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利根川下流域に鎮座する鹿島神宮・息栖神社・香取神宮を総称して『東国三社』と称します。この付近の古代の地形は現在と異なり「香取の海」という内海が広がり、三社の位置は内海の入口半島の突端だったようです。鹿島神宮=香取神宮間が約12000m、鹿島神宮=息栖神社間が約9000m、息栖神社=香取神宮間が約8600mと距離的にも近く、位置関係は息栖神社を頂点とする【直角二等辺三角形】の配置に意識的なのか偶然なのかなっているのですが謎が深いようです。
【鹿島神宮】は常陸国一の宮・旧官幣大社で主神は『建御雷神/タケミカヅチ』です。創建は神社によると”神武天皇元年”とされ、神話時代となります。
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【息栖/いきす神社】は、鹿島と香取神宮に祀神が武神であるのに対し、息栖社の主祀神『岐神』は、天照の命により東国経営に赴いた鹿島・香取の神々を東国に導いた神とされ、神々の乗物の「天鳥舟」と神が祀られています。古来より鹿島・香取の両神宮との関係は深く、室町時代の「鹿島神宮年中行事」には祭礼などで密接な関係があった事が記載されています。位置関係からみても三社併せて一社ということなのでしょうか…?
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『東国三社巡り』とは、江戸時代に関東以北の人々が伊勢神宮の参拝後に”お伊勢参りの禊の三社参り”としてこの三社を参拝した慣習があった事によります。何れもが2000年以上の歴史のある神社とは(!)。【香取神宮】は、下総国一の宮・旧官幣大社で主神は『久那戸神/くなどのかみ』です。創建は第15代応神天皇の代に現・神栖市日川に創建され、後の大同2年(807)に現在地に移転したとされます。東国三社資料によると、鹿島神宮の本殿は「北向き」、息栖神社は「西向き」、香取神宮は「南向き」と社の配置としては3社ともに珍しい形式となっています。”鹿島神宮の一の鳥居”の項でふれた、鹿島~皇居~明治神宮~富士山~伊勢神宮~吉野山~高野山~剣山~高千穂への「レイライン」。更に三社の位置関係が「直角二等辺三角形」。興味深いお話が次々と登場してきます。