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Ptは新宿区・みなみもと町公園前の信号機です。四谷駅から迎賓館方面へ…。迎賓館を右手に進み学習院初等科の敷地に添って坂道を下ると、右手に”南元町公園”があります。今はごく普通の公園なのですが…。その昔、東京市には多くの貧民窟(スラム街)があり、下谷万年町(上野駅近辺)、芝新網町(浜松町駅近辺)、そしてこの四谷鮫ケ橋(赤坂離宮のそば)が代表的な3カ所で、明治30年(1897)の調査では、下谷万年町が875戸、芝新網町で532戸、四谷鮫河橋谷町で1370戸の貧民長屋がありました。鮫河橋は江戸時代には最下級の娼婦「夜鷹の巣」として有名であり、明治~昭和初期にはこの低い湿地に5000人以上の最底辺の貧民達が暮していました。今では面影の”お”の字も”空気感”すらありません。このような”負の記憶”は忘れられてしまいます。公園の一画に社にある「四谷鮫河橋地名発祥之所」の碑に記憶が留められているようです。
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