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お寺からは少し離れますが…。大石良雄の銅像の手前から泉岳寺と高輪学園の間の細道を7分程登って行きます。高輪1丁目アパートと高松宮邸の間の左側に、荒れ果てた感じで「大石良雄外十六人忠烈の跡」との標柱があります。朽ち果てた手入れの悪い公園にしか見えませんが、ここは熊本・細川越中守下屋敷の一部だったと場所です。赤穂浪士は吉良邸討ち入り後、その処分が決るまでは分散して大名家に預けられています。この細川家には大石良雄ら17名が預けられ、この地で切腹しています。後年、大石良雄らは浅野家の菩提寺である泉岳寺に葬られこととなりますが、線香の煙が絶えない泉岳寺に比べればなんと寂しい事か(!)。考えてみれば殿様と正妻と家臣が一緒の墓所に居るほうがよほど不自然なんですけどねぇ。
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