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東京駅八重洲地下街にある見ようによっては何とも異様な像です。モデルはヤン・ヨーステンという名のオランダ人で、いつの間にやらこんな場所に移転していました。Pt↓)のように”記念碑”というより”お墓”のような感じです。ヤン・ヨーステンは江戸時代初期に九州豊後沖で船が難破して日本に定住、後に徳川家康により和田倉門付近に屋敷を与えられています。和田倉の屋敷付近がヨーステンの名から八代洲(ヤヨース)河岸⇒「八重洲」の語源となっています。 この像はヤン・ヨーステンを記念してオランダ人の作者による作品ですが、獄門首、さらし首にしか見えません。
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で、こちらが1600年4月豊後(現大分県)沖で難破した時に乗っていた「デ・リーフデ号」です。 この彫刻は1980年オランダ首相来日の際に日本政府に寄贈されたものです。場所は東京駅を挟んで反対側の丸ビルの南西側にあります。こちらの方が ヤン・ヨーステンの屋敷に近いことになります。なお「難破船デ・リーフデ号」には航海長として英国人ウィリアム・アダムス(日本名・三浦按針)も乗っていました。
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