160911_01
長きに渡った「九州」の最終回です。アクシデントで回避した阿蘇・熊本・長崎・平戸は後日に譲ります。
鎌倉時代中期にモンゴル帝国が2度にわたり朝鮮半島経由で博多に来襲しました。平成の今は韓国人が財布を持って大挙して押しかけてきます。手には時代遅れの自撮棒、若い男は蔓の太い眼鏡に刈り上げ頭、若い女はみんな同じのサイボーク化粧。大陸民と違うのは会話が大声ないだけで容易に区別できます。Pt↑)は太宰府天満宮の本殿です。この造りは五間社流造といい明治40年(1907)に特別保護建造物指定、昭和25年(1950年)には重要文化財となっています。韓国の方々は、この神社が権力闘争に敗れ九州に左遷され失意のうちに死んでいった日本を代表する怨霊神「菅原道真」を祀る天神様だとご存知なのでしょうか?
160911_03
Pt↑)は、左遷時に詠まれた「東風ふかば~」の句にある梅の木です。実は梅・松・桜の木が道真の左遷先へ追ったのですが、桜は悲しみのあまり枯れ、松は神戸辺りで力尽き、梅だけが遥々九州までたどり着いたとの伝承があります。菅原道真には他にも様々な伝承があり、死後も京都で雷神として暴れまわるのですが、道真の故郷の「桑原」だけは被害がなかったので”雷除けのおまじない”が「くわばら、くわばら」となったとの話もあります。この方の「恨み」は恐ろしいもので、皇室系の神社だけの「宮」が付いた「天満宮」を許される(もう1社は徳川家康の東照宮)の好待遇の最たるものです。『あんたが大将!』と煽て『神様にするから、勘弁して!という事なのでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
1)太宰府天満宮の「心字池」には三つの赤い橋が架かり、過去・現在・未来を表しているといわれます。2)この撫牛は頭と顔が異様に光っています。足には盗難予防の足枷が…。盗む奴いるのでしょうかねぇ。3)天満宮への参道。名物の「梅が枝餅」の店はこの辺りに…。それにしても韓国人の多いことに驚きます。
160911_02160911_04160911_05