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”首斬り浅”こと山田浅右衛門は、弾左衛門と同様に特定個人の名前ではなく8代将軍吉宗の時代の初代から明治の8代目まで続く「死刑執行担当の一族」の呼名です。2代目浅右衛門が徳川吉宗の刀の試し斬りを担当し、そこから幕府より刀剣の試し切り、公儀御様御用役(おためしごよう)の任されています。歴代当主は剣の実力や刀剣鑑定にも優れていながらも、死の穢れを伴う役目だけに旗本や御家人でもなく浪人の立場だったとはいかにも日本的な制度です。この役目は明治14年(1881)に斬首刑が廃止されるまで続くこととなっていきます。豊島区行池袋の曹同宗・祥雲寺(しょううんじ)には、7代目山田浅右衛門吉利の墓があります。7代目山田浅右衛門は、剣豪として知られた人物で橋本左内や吉田松蔭らの首を斬った人物のようです。
 =資料により「浅」だったり「朝」だったりしているのですが、こればかりは良くわかりません=
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